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番い
麓の街に到着したのは、それから三日後。
アリアとも打ち解け、行動を共にするのが当たり前になっていた。
そのせいもあり、初めて見る巨大な人の波に完全に飲まれているアリアは、青年の腕に抱き付いたまま離れない。
「あ、おい。あんまり離れるな!」
「いや、こんなにくっ付いてたら動き難いだろ?」
「お前は私よりも歩き易さを取るのか!」
「君は廃棄した人間に復讐するんだろ? 人間に怯えてどうする?」
「今はその時ではない!」
アリアは青年にピタリと寄り添い、離れない。
仕方無く、青年はそのまま近くの店に入店する。
品揃えから食料を扱う店である事がアリアにも分かった。
「いらっしゃい」
店の店主である男が話し掛けてきた事で、アリアが更に腕を強く締め上げる。
「すいません、少し食料を分けて頂けませんか?」
そう言って、青年は右手の花の刺青を店主に見せる。
すると店主は驚愕し、祈りを捧げるように青年へと頭を垂れた。
「すなねぇな、兄ちゃん」
そして青年とアリアの分の食料を無償で用意すると、少し哀れむような視線と共にそんな言葉を投げ掛けた。
アリアは首を傾げたが、青年は何も語る事無く、次の店で今度は衣服を貰い受ける。
服屋の女店主は目の端に涙を浮かべ、青年の肩を叩いて激励してくれた。
それからアリアに服を手渡しながら青年へと微笑んだ。
「貴方は、夫婦で旅をしているのね」
右手の花の刺青を見ると、街の人間は青年へ祈りを捧げ、何故か一様に温かい感謝の言葉を口々に送る。
しかしアリアには、それよりも気になった言葉があった。
「なぁ、夫婦って何だ?」
「……結婚した男女の事だよ」
「結婚って、何だ?」
青年は少し考えた。
「う~ん。好きな人と、ずっと一緒に居る事かな」
「なら、私とお前はもう夫婦だな!」
「ええ……!? いや、それは色々と誤解がある」
「何だ、私と一緒じゃ嫌なのか! 私はお前の事は好きだぞ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな。俺は……」
どう説明したものかと、青年は頭の後ろを掻いた。
一つ、思い付く。
「そうだ。結婚するには、ほら、指輪が無いとな」
「指輪? なら、くれ」
「くれ、と言われてもな……」
「さっきみたいに貰えば良いだろ?」
「いや。そればっかりは、買わないと」
「面倒だな」
「ああ、面倒だ。今日はもう日が暮れる、休む場所を探そう」
青年はどうにか誤魔化し、アリアを伴って宿を取った。
流石にベッドは別々にしたが、アリアは不満そうだった。
それから次の日の朝。
一足先に起きていた青年がアリアの所へと戻ると、アリアが抱き付いてきた。
「置いて行かれたと思ったぞ!」
涙ぐむ彼女のその台詞を聞いて、青年は初めて胸が締め付けられる感覚を覚えた。
アリアとは出会って間もない。
が、絆は着実に強く結び付いてしまっていた。
後悔が、責任が、上着のポケットから出掛かっていた左手を制した。
こんなつもりでは無かった。
アリアを街まで送ったら、別れるつもりでいて。
「すまなかった」
青年はそう言って、アリアを抱き締めた。
自分は世界を、彼女を、軽く見ていたのかも知れない。
アリアには言わなければならない。
みっともない言い訳より、真実を。
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