真実

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真実

 それから、更に三日後。  霊峰の中腹を通過した青年とアリアは、山頂を目指して歩を進めていた。  霊峰もやはり灰が積もり、灰色の山脈が連なっている。 「まただ」  アリアが立ち止まって呟く。  五感が鋭いアリアは、霊峰で時折轟く地鳴りが気になるようで、こうして足を止めるのだ。 「アリア」 「ん。何だ?」 「少し、話がしたい。聞いてくれるか?」 「ああ、いいぞ!」  アリアはニカッと笑い、青年と共に再び歩き始める。 「俺達が今いる大陸では、二つの大きな国が長い間、戦争をしていた。お互いの国を滅ぼす為に、『ユニオン』や魔導兵器を作って」  もう目と鼻の先に見えている山頂を見据えつつ、青年がアリアの手を取って話し始める。  アリアは嬉しそうに、青年の手を握り返した。 「俺の右手の『呪い』も、そんな戦争の兵器の一つだ」  繋いだ手の温もりを感じながら、青年は続ける。 「これは火薬なんだ。任意で起爆して、俺の命と引き換えに敵を吹っ飛ばす事が出来る。戦争に参加した兵隊全員に刻まれた、消えない『呪い』さ」  アリアは酷く不安な顔をした。 「で、でも! 霊峰へ行けば、消せるんだろ? お前はその為に目指しているんだろ!? ほら、あと少しだ」 「……戦争が終わって、二つの国は和平条約を結ぶ事になった。その為の条件の一つに、魔導兵器の武装解除が挙げられている」 「お前、何言ってるんだ?」 「この『呪い』を持つ兵隊全員の所へ、政府から通達が来た。霊峰山頂にある施設へ向かい……起爆しろ」  アリアの耳に、再び地鳴りの音が届いた。 「兵隊全員の排除。その確認を持って、正式に和平条約が締結させられる。要はお互いに、戦争が出来そうな武器は捨てて、手を取ろうって事だ」 「……死ぬのか?」  アリアは立ち止まり、力無く俯いた。 「お前は、死ぬのか?」  青年はアリアの手を離し、震える彼女から少しだけ離れた。  二人の間に暫くの沈黙が流れた後。 「私は、一人か……?」  アリアの足元の灰に、悲痛な言葉と共に染み入る。  顔を上げた彼女の頬を伝う、大粒の涙だ。 「ふざけるなっ! 私はお前と一緒に居る! お前が死ぬなら、私も死ぬ! いつまでも、どこまでも一緒だ!」  地鳴りのように吼えるアリアを見て、青年は穏やかに笑い、そっと、彼女の身体を抱き締めた。 「君と出会えて良かった。君が側にいてくれて、この数日間、俺は本当に幸せだった。心から、君を好きになった」  それが別れの言葉である事を、アリアは理解していた。  もう覚悟は決まっていて、覆らない事も。 「俺はこの先もずっと君が好きだ。でも、だからこそ、さようならなんだアリア。平和になった世界で、君には生きていて欲しいんだ」  青年は涙を流し続けるアリアの唇に、優しく口付けた。  強く抱き締め合い、最後の時を分かち合う。  暫くそうして、納得出来ないまま離れて。 「もう行くよ。宿の主人に、俺の故郷への行き方を書いた地図を渡してある。全部終わったら、目指すといい」  アリアは一度だけ頷くと、背を向けた。  そして、歩き出した。  青年もアリアに背を向けて、歩き出す。 「幸せにな、アリア……」  青年は涙を流しながら山頂を目指して歩いた。  出会わなければ、こんなに苦しくは無かった。  だが、それ以上に幸せだった。  青年は山頂の施設に辿り着いた。  中には政府の人間がいて、照合が行われた。  故郷の家族への支援金の手続きが終わり、特別頑丈だという空間に通された。  青年は実に穏やかな気持ちで、最後の任務を遂行した。  ◆
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