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2:Night Assault
緊急召集のサイレンが鳴る。夜間奇襲だ。
敵はこちらの都合を考慮してはくれない。深夜だろうと疲れていようと、容赦なくやってくる。まあ、慣れてしまったけれど。
「もう引っ越しか。良い家だったんだけどなぁ」
余裕そうにあくびをしてから、姉さんは呟く。このサイレンをただの目覚まし時計代わりにしているのは、きっと全世界でも姉さんくらいだろう。
「まだ引っ越しとは決まっていないけれど、準備はしておいて」
「んー」
戦闘服を着て、愛銃を腰にセット。姉さんから昔もらって練習用で使っていた、いわばお守りのような拳銃だ。至近距離以外での実用性が低いので本当の緊急時にしか抜くことはないし、そもそも抜いたこともない。
「ティア」
「何?」
「……行ってこい」
姉さんに見送られて、家を出る。ドアを閉める姉さんの表情がいつもより硬いように見えたのは、気のせいだろうか。
「襲撃! 『涙知らず』だ!」
こう言っては悪い……とも思わないが、私は下手な正規兵よりもずっと練度が高いし、小柄で素早い。ただ、軍の訓練を受けていないためにいわゆるお作法のようなものが分からず、ゆえに集団の作戦には組み込まれない。
その代わり私は、遊撃兵として単独での自由行動を許されている。遠距離狙撃、側面奇襲、後方撹乱……戦闘が始まってから、自分の判断でやれることを何でもやる。それが私の任務だ。
いま私が襲撃しているのは、増援用の待機部隊だろう。夜間奇襲に二段構えで挑むのは、彼らの常套手段だ。
「迎撃班、各個撃て! 奴に好き勝手させるな!」
敵方も私が来る可能性をある程度考慮しているようだが、私に対処するための部隊を前線以外に配属すること自体が戦力分散に直結する。ゆえに、自軍に存在するだけでメリットがある……というのが、当局が私を雇う理由らしい。
「うわぁぁあ!!」
もっとも、私を失ったところで彼らにデメリットがあるわけでもないから、せいぜい面白い駒くらいにしか思っていないのだろう。私のほうも、金さえもらえればそれで何の問題もなかったし、むざむざ死ぬつもりもない。
「退却せよ! 繰り返す、退却せよ!」
終了。次は町の外周に展開されている前線を後ろから叩く。
「ぎゃあっ!」
「背面から攻撃あり! 周囲を警戒せよ!」
私が生まれる前からもう二十年以上続いているらしいこの戦争は、もともと小国同士の紛争でしかなかった。それがいつの間にか他国の利権闘争に発展し、戦況は複雑化。何を目的としてどこの国と戦っているのか、もはや現地にいる兵は理解していない。昔、姉さんが教えてくれたことだ。
「誤射じゃないのか?」
「とりあえず隠れろ!」
私が配属されている大隊は、上層部から言いつけられた任務を、ただ遂行しているだけ。あるいは、陣地に攻めてきた敵兵――攻めてくれば全て敵だ――を迎え撃つだけ。もちろん私も、敵が何かなど分かっていない。
でも私にとっては、そしてたぶんこの一帯で戦っている誰にとっても、そんなことはどうでもいい。ただ目の前に現れた敵を撃つこと、それだけが重要だ。
昨日までの私ならそこまでしか考えなかったが、今日は少し違った。私がどうして戦うのか、それを分かっていないことが分かってしまったから。
「……チッ」
思考が乱れ、弾が逸れて壁に当たる。未発見状態での貴重な狙撃機会を一回逃した。とはいえ、敵は町の外から撃たれていることにまだ気付けないらしく、周囲を見回している。再装填し、隠れたつもりになっている敵兵を狙おうとして。
……その途中で、異変に気付いた。
一人の敵兵が、建物に隠れてこちらを伺っている。射線の切り方も視線の向きも、当てずっぽうにしては正確過ぎる。
間違いなく、気付かれている。
私は直ちに背面奇襲を中止し、その場から撤収した。しばらくは味方後方から狙撃に当たろう。
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