4:Loveless Lover

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4:Loveless Lover

 銃声を発したのは私の拳銃でも彼の拳銃でもなく、援護をしに来たこちらの味方のライフルだった。  放たれた銃弾は彼のヘルメットを直撃し、貫通せずに跳弾した。彼は素早く身を引くと、自分を撃った兵士を拳銃で射殺し、全速力で逃走する。私が立ち上がったときには、旧式の拳銃ではまともに命中が期待できない位置まで逃げていた。追いかけようと走ったが、曲がり角で見失ってしまった。  彼が消えた方向を見つめながら、私は先ほど自分の中に芽生えた意識の残滓を感じていた。蟻のような有象無象を殺すときには感じない、明確な殺意。高揚感。  手に持ったままだった愛銃を見つめる。練習以外では初めて抜いた。抜かせられた。その事実が、私をさらに昂らせる。  頭の中はもはや、彼のことで埋められていた。殺したい。殺したい。殺したい殺したい殺したい。  この感情を、どうしていいか分からなかった。銃をそのあたりの家の窓に向け、撃つ。ガラスが派手に割れる音が、少しだけ私を落ち着かせる。  大きく息を吸って、吐いた。もう一度吸って、吐いた。胸を押さえると、それでもなお 早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わってくる。  緑の信号弾が打ち上げられた。戦闘終了だ。朝日はもうすっかり昇ってしまっていた。  ……帰ったら、姉さんに話そう。 「……はぁ?」  目の前に座る姉さんの眉と目と口と首が「よく分からない」を最大限表していた。 「いや待て、ちょっと整理させろ。え、まず? 戦闘中に? 敵の男が? お前と撃ち合いになったと」 「うん」 「で? ソイツが他の奴らと違って結構強かったと」 「うん」 「んでもって、わちゃわちゃやってたらお前のほうがミスって取り押さえられたと」 「うん」 「それで? ソイツを、何だって?」 「殺したいと思った。こんなこと、初めて」  姉さんは唸りながら頭を抱えるパフォーマンスをし、それから顔を上げてこう言った。 「それは、お前、つまり何?」 「分からない……」  再び顔を腕に埋めて唸る。 「何じゃそりゃ……」  ほとんど裏声だった。  姉さんがどこからか見つけてきた飴をひとつ手に取る。少しくすんだ緑色が、あのとき見た彼の瞳を想起させる。 「綺麗だった……」 「飴が?」 「目が」 「……ホント大丈夫かお前?」  姉さんの言葉には答えず、しばらく飴を眺めてから、頬張る。それは舌先で甘くとろけて、全身がピリピリと淡い興奮で満たされる。 「何か、恋でもしたみたいだな」 「……え?」  恋、とは、何だろうか。  その単語を発した本人は、自分一人で納得したように頷く。 「そうか、恋か、なるほど」  姉さんはにんまり笑うと、椅子から立ち上がり、座ったままの私に近づく。近づく。近い。近い近い。 「ふーん……」 「何?」  額を軽くぶつけられた。 「いーや、一晩で大人になっちまったなーと思っただけだよ。昨日の夜のことも入れてさ」  からから笑いながら、姉さんは椅子に戻らず戸棚へ向かう。 「とはいえまだまだヒヨッコなティアちゃんに、私からささやかなプレゼントだ」  戻ってきた姉さんの手には、一冊の埃っぽい色をした本。 「お前、小説とか読んだことないよな。読み書き教えたとき以来でしょ、こういうの触んの」  差し出された本には、かすれた文字で『朝陽の昇る頃に』と題してあった。 「文学はいいぞ。知らないことが書いてある。知りたくないことも書いてある」  受け取ったその紙の塊を、私は無言で見つめる。 「アタシもこの間読んだけど、まあつまんない本だ。でも、今のお前には必要かもしれない。『恋知らず(ラブレス)』なお前にはな」  ラブレス……。 「すごく嫌だからやめて、それ」 「悪い悪い」  その晩、少しだけ本をめくって読んでみた。  ずいぶん昔に書かれたもののようで、学校が舞台になっている。私とは全く無縁の世界だ。しかし、だからだろうか、妙に惹かれる感覚があった。  主人公の女の子は、ある男の子に『恋』をする。彼を見たとき、彼女は「心臓を撃ち抜かれたような思いがした」という。私はむしろ、あの敵兵士の頭を撃ち抜きたかったのだけれど。  読み進めているうちに、私と主人公との共通点も発見されていった。「ふとした瞬間に彼のことが頭に浮かんで離れない」とか。  でも、まだ違和感のほうが大きい。私があの兵士に抱く感情は、彼女が言うところの『恋』だろうか。彼女は、男の子のことを殺したいとは思っていなさそうだった。  よく分からないと思った段階で、私は本を閉じ床に就いた。今日は防衛に成功したが、明日また別の部隊や国が攻めてくるとも限らない。英気を養っておこう。  それでも私の頭のどこかには、今日の敵部隊がまた攻めてきてほしいという思いが、息を潜めながらも確かに存在していた。
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