人ごみ

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「受け取れ」獣面の少年が言った。  耳まで避けた口。変形し、突き出た鼻口。短い金色の獣毛に覆われた顔。とがった耳。 ”獣人化!”  この新月期に、それは起こるはずがなかった。  昔からの獣人伝説にしたがって、この新月の時に焦点を絞って、必殺の罠を仕掛けたはずなのに。  実際、少年は、彼に出会う前に警備係とは言いながら、ただのヤクザ者の手によって負傷していた。  そんな少年を仕込み刀で切り刻むのは、彼の手にかかれば、容易だった。  少年が負傷していても、容赦するつもりは、さらさらになかった。彼の目的は、正々堂々の少年との勝負でさえなかった。ただ単に、この少年、犬神明を切り刻むことだけだったからだ。  彼は、変態だった。それを隠すつもりはどこにもない。  昔から、泣き叫ぶ相手を殺すのが大好きだった。今、この瞬間も、かれのへその下の”剛剣”はそりかえり、彼の死を確認した瞬間に、精をもらす、その寸前だった。  彼の波状攻撃に、ついにひざをつき、背を向けた少年の背中から剣で貫いたからだ。心臓への止めではない。胃を貫き、犬神の苦しみをさらに倍化させるためだ。  神経の集中した胃をかき回されれば、どんな剛毅な伝説のヤクザであろうと、泣き喚き、糞小便を垂れ流す。  それは、間違いなく性交の模倣行為だった。  彼は、その瞬間、間違いなく犬神を犯したのだ。  だが、少年は、上手(うわて)だった。突き刺された仕込み刀を、そのまま前転して彼から奪ったのだ。  何かが違った。  日本刀の扱いも、彼の場合は我流ではない。しかるべき”闇の師匠”について、剣術も有段者なのだ。その程度の子供だましの手に乗るような彼ではない。  そのはずなのに、その瞬間、彼は愛用の仕込を手放してしまった。そして・・・  彼から離れた犬神明が振り向いたとき、その顔は黄金の獣面に変わっていたのだった。  そして、立ち上がる。  新月期の獣人への変身など、あってはならない異常事態だった。  それを見た瞬間、なぜか、彼の精神は崩壊した。
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