のろいのいえにピザ配達

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のろいのいえにピザ配達

『はい、ロドリゲスピザです』  それは新人の子がうっかり電話を取った事から始まる。  配達エリア外とは知らず、注文を受けてしまった事で店長が俺を呼んだ。 『山岡くん、すまんが配達に行ってくれ。何度かけ直しても相手が出ないんだ。こちらのミスだから今回だけ配達するけどエリア外である事を伝えといてくれ』  そういった経緯で町外れの山道まで来たのだが、指定された住所は廃屋(はいおく)同然の一軒家しかなく、人の気配が一切しない。  呼び鈴すら無さそうな玄関先でとりあえず引き戸をノック。反応がないので『すいませーん! ロドリゲスピザでーす! 霧島さんのお宅で間違いないですか?』と叫んでみたが反応なし。いや、引き戸が開いた。でも人がいない。  こんなボロ屋で自動ドアとは意外やなぁなんて考えながら土間で家主が現れるのを待った。  中は想像以上に奥行きがあるらしく、細長い廊下は校舎をほうふつさせた。薄暗い室内はツンとかび臭くところどころ()ちかけている。  夏真っ只中だというのにいやにひんやりとした空気だ。  俺んちのポンコツクーラーとはえらい違いやな。あとでどのメーカーなのか聞いてみよう。 「すいませーん! ロドリゲスピザですー。霧島さんちですよねー?」  ちょっと心配になって声を張り上げた。  念の為、スマホで地図を確認……あれ、圏外や。ここ電波悪いんかな? 参ったわ、一旦外に出て店長に電話しよう。  しかし引き戸が開かない。  建て付けが悪いのかドアがロックされているのか不明だが、このままでは店長にどやされてしまう。  奥からガタンと物音がした。どうやら“誰か”いるようだが、姿を見せるつもりがないらしい。もしかしたら子供だけ残して親が外出中の可能性もある。 「霧島さーん、いないんですかー? 不在でしたら伝票だけ置いとくんでまた連絡してくださいねー!」  叫んでふと気付く。今回限りの配達だと伝えなければいけないのに“また連絡”はちょっとおかしいよな。 「あーすいませーん。実はここ配達エリア外なんで、配達は今回限りなんですよー! だから親御さんか保護者の人にそう伝えといて下さいねー! あと、ピザは傷むとアレなんで持って帰りまーす!」  よし、これでバッチリや。あとは早く店に戻って……開かへんがな! やばい。自動ドアやったん忘れとったわ! 「すいませーん! ロック解除だけしてもらえますか? 誰か居てるんでしょ? 俺、まだ仕事あるんで開けてもらわんと困るんですよ」  すると奥からズズッズズッと何か音がした。  目を凝らせば薄暗い廊下に誰かが這いずるようにこちらに向かって来ている。  ズズッ……ズズッ……ズズッ……。  ゆっくり近付く音の主。海藻(かいそう)のような長い髪、青白く生気のない顔、そして落ちくぼんだ目。異常事態に気付いた俺は慌てて走った。 「大丈夫かアンタ? めっちゃ具合悪そうやん! ピザ屋呼ぶより先に救急車呼ばなあかんやろ!」  重病人に近寄り額の熱を測る。氷のように冷たく体温を感じない。  あと、なぜかねっとりしている。 「アンタ、なんやネチョネチョしとるなぁ。冷えピタでも貼っとったん? まぁ、すぐ救急車呼んだるわ! ……アカン、スマホ圏外やった。すまんけど、電話貸してくれへん?」  重病人は枯れ木のような手で奥の(ふすま)を指差した。そこに電話があるらしい。   「よっしゃ、俺に任しとけ。えーと、霧島……嘉代子(かよこ)さん? 一応年齢も言わなあかんし教えてくれるか?」 『……ァ……ヴァ……ァァァ……』 「……なんて?」 『アアアアアアああアアアアあアアアア』  突然狂ったように叫び出す重病人。  さすがに女性に年齢(とし)聞くんは失礼やったな。 「ほな、ちょっくら電話してくるわ。アンタ……霧島さんはゆっくりしときや」   言われた場所に向かうと古い黒電話があった。ダイヤル式で使い方に手間取りなんとか回したが、受話器からはザザザザッという妙な音しかしない。  よく見ると電話線が切れていた。 「霧島さん、この電話使えへんわ。他に電話機ある?」  家主に尋ねようとした瞬間、何かが頬をかすった。ピリッと冷たい痛みが走る。  ゆっくり後ろを振り返ると、千枚通し(アイスピック)が(ふすま)に刺さっていた。そして、それが勝手に浮き上がり切っ先が俺の方に向く。 「!」  真っ直ぐ俺を狙う千枚通しを手で()ぎ払った。しかし意思でも持っているのかまた浮き上がり飛んできた。  バシュッ!  刺さる寸前に掴み取り、俺はそれをグネリ曲げた。  反発しようとするそれを力で()じ伏せ、蚊取り線香のようにぐるぐるに巻く。  そして丸くなった千枚通しを床に置き、ジロリと部屋を見渡した。 「おう、誰や? イタズラにしては度が過ぎるやろ。やった奴出て来んかい。素直に謝ったらゲンコツだけで許したるわ」  しかしシーンと静まり返ったままだ。  部屋を出ると家主が這いつくばった状態で何やらブツブツ呟いている。 「霧島さん? まさかアンタじゃないやろな? 子供か何かおるん? ようわからんけど、千枚通し飛ばすんは危ないから止めとけってちゃんとしつけせなあかんで?」  家主が唸りだした。体調が悪化したらしい。  まぁ、千枚通しの事は水に流してやろう。最近は千枚通しもドローンみたいに飛ばせるタイプがあるんやな。でもダーツに悪用されたらどうするんやろか。 「霧島さん、大丈夫か? 他に電話機ないんやったら俺が病院まで運んだるわ。しんどいけど、我慢しいや」  どっこいしょと彼女を背負う。見た目に反してずっしりと岩を抱えたように重い。そして背中からはひんやりどころか体温を根こそぎ奪う勢いで悪寒が走る。 「……ほな、行こか。鍵だけはなんとかしてくれ」  しかし彼女は俺にしがみついたままうんともすんとも言わない。 「……開かへんのやけど。霧島さん? おーい霧島さん!」  こりゃマズイ。意識がない。なんか、生きてるのかどうかも怪しい状態だ。 「すまん、緊急事態や! ちょっと蹴破(けやぶ)るで! あとは保険でなんとかしいや!」  俺は回し蹴りで引き戸を破壊した。同時に断末魔のようなひどい叫び声が響き渡り屋根が崩れ落ちていく。 「うわっなんやこれ? 欠陥住宅か? 霧島さん、危ないとこやったな! この機会にもっとええとこに引越しした方がええで。ちなみにここ配達エリア外やから、エリア内に住みや。そしたらまた俺が配達しに行くからーー」  横目で彼女の様子を確認しようとしたら、顔半分ぱっくり()いていた。スイカのような真っ赤な口腔内(こうくうない)は濁った粘液がダラダラと垂れて、そんな異常な状態にもかかわらずニタリと笑った。 「……霧島さん、調子良うなったんか?」  返事はない。でも背中が心地よい冷たさに変化していた。 「霧島さん、元気なったんやな。でも一応病院に行っとこ。まだ体がひんやりしとるし、ちゃんと栄養摂っとかなまた倒れるで? ピザはまた今度に……」 “連れ出してくれてありがとう”  初めて彼女が喋ったかと思うと、(かすみ)のようにふっと消えてしまった。  俺は驚き辺りを見渡したが、あるのは崩れた廃屋だけだ。 「霧島さん……忍者やったんか?」  ○  店に戻ると新人の子が泣きそうな顔で謝ってきた。 『すみません! お客様の住所、間違ってました!』  どうやら聞き間違えていたようで配達を待ちかねた客が再度店に電話してきたらしい。そこで慌てて俺に連絡したが、なかなか繋がらず時折ザーザーと奇妙な音が聴こえたそうだ。  店長に“ピザは?”と問われ、俺は事の顛末(てんまつ)を語るとバイトリーダーが血相を変えた。 「そこマジでヤバイ場所だって! “のろいのいえ”って呼ばれてるガチのとこだから!」 「のろいのいえ?」 「そうだよ! 肝試しに行った奴、みんな正気を失って入院したって噂だぞ! 山岡くん、よく無事だったよな? 普通なら怨霊に取り殺されてたよ!」  オカルト好きのバイトリーダーがキイキイ騒ぐ。それを聞いて新人の子が真っ青になった。 「ごめんなさい。私のミスのせいで山岡さんを危険な目に合わせてしまいました。本当にごめんなさい」 「おおげさやな。そんなんで人間は死なへんよ。ただの噂やろ?」 「いや、怨霊を甘く見たらダメだ! もう少しで山岡くんは死んでたかもしれないんだぞ。今回はたまたまーー」 「なんやそれ。さっきから俺が死んどった方が良かったみたいな口ぶりやな?」  不用意に新人をビビらせるバイトリーダーに軽く圧をかけたら、すっかり黙ってしまった。  そもそも、俺は怨霊なんぞ見てへんし。  それにーー俺を殺せるんは“俺”しかおらんよ。           完  
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