本篇

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二 幸が手紙を書く速さはバラバラ、週に殆どだったり、週に2.3回だったり、兎に角速さはバラバラだった。この頃は真夏の時期、外は蒸し暑く、大きな立派な向日葵が咲いており、蝉が鳴き、田んぼの近くには蜻蛉が飛んでいる。夏休みの幸は宿題を終え、座布団の上に座りながら卓袱台を使って手紙を書いていた。鉛筆を手に持ち、必死な表情だった。休憩しては書く、その繰り返しで何回かすれば開いた硝子窓を見た。そこから見た景色は綺麗な青空の中に色んな白い雲がゆっくりと動き、雲達の中には入道雲があった。その雲を見た幸は少し不安そうな顔をしていた。「雷雲だ…」幸はそう小さく呟き四つん這いで畳の上で硝子窓の方に近づき、膝から上の体を立てて小さな両手を窓に付け、覗くかの様に空を見た。その儘少しだけ見つめただけでまた四つん這いになり卓袱台の方に戻って座布団に座った。想い人に手紙を書いていると言うのは秘密の為、一度周りを見た後また手紙を書き始めた。すると小さな足音が聞こえたのだ、幸はその足音は誰なのか直ぐにわかった。手紙を隠すのを忘れて開いた襖の奥を疑っと見つめていた。来たのは母親だった。その両手には黒色の盆を持っており、その上には茶托がある茶があり、他には和菓子があった。母親は迚穏やかな人だ。だが、その割に勘の鋭い人で幸自身の理解者でもある。幸を見た瞬間母親は優しく微笑んだ。その笑みに対して幸は何故父が母に惚れたのかも解る。 「幸ちゃん、宿題終わったの?」 母親はゆっくりと足を進めて部屋に入って来ては茶と和菓子を卓袱台に置き、盆も置いた。幸は礼を云ってちらりと見た。 「あら、どうしたの幸ちゃん。」 「ううん、なんでもないよママ…」 幸は直ぐに目を逸らして顔を背けた。それに対して母は首を傾げて顔を幸の顔に近づいて覗いていた。 「幸ちゃん、何を書いているの?」 それを聞いた瞬間、幸は一瞬だけ目を見開いて驚いた。 「文字、文字の練習だよ!」 「あらそうなの?」 幸は慌てて首を振った。母は顔を離してよく解らなそうな表情をし、和菓子を食べていた。幸はずっと黙り込んだ儘で心臓はドキドキしていた。 「まあ、それはそれでいいけれどね。」 茶を啜っているのを見ているとドアから叩く音が聞こえた。外からは大きな声で「尾坂さーん!お届け物です!」そんな若い男性の声が聞こえた。それに聞こえた母子は小さく顔を上げて声が聞こえた方を見た。すると、母親がよっこいしょと声を出して立ち上がった。 「はぁい、今行きますよ。」 そう母は女性らしい駆け足で玄関に向かった。向こうでは小さく話声が聞こえていた。此の儘幸はまた鉛筆を持って手紙を書き始めた。他にはどんな事を書いてしまおうか、手紙の中に綺麗な小石か花を入れようかとも考えた。若しくは…、などなど沢山考えていた。その儘床の上で仰向けになっては寝っ転がった。そもそも愛美さんは幸の事を知っているかはわからない、今は一方的に幸が愛美さんに憧れを抱いてるだけの形になっている。勿論、自分の存在に気づいて欲しいし話してみたいとかも思っている。 「あぁ~!どうしよう~!」 そう云って床を転げ回ったのだ。だが直ぐに止まり起き上がり黙って和菓子を食べた。母親の会話が戻ったのか、ドアが閉まる音が聞こえた。幸は素早く起き上がり元の座ってた所に戻る。母が戻って来た時には紙箱を持っていた。幸は気になりずっと見つめていた。 「ママ、それ何?」 「此れはね、遠くに居る兄ちゃんからの贈り物よ。」 「あにちゃんから?」 両手を卓袱台に乗せ、膝から上を立てて箱を見た。幸は末でもあり、次男であった。父は遠くにおり、その兄も遠くで高校を通っていた。だから今は母子で二人暮らしをしているが生活には困っていなかった。すると、幸は手紙を紙封筒に入れてポケットに入れた。 「あら、幸ちゃん何処かに行くの?」 幸は頷いて立ち上がった。 「贈り物はお菓子よ?食べなくていいの?」 「要らない、あっ、でも残して。」 そう言って裸足で廊下を走り玄関に向かった。急いでサンダルを履き、思いっきり強くドア、硝子戸を横に開け、直ぐに閉めた。横には朝顔が咲いていたが気にせず走ると小さな向日葵を見かけ近づいた。あの大きな向日葵は小さな幸では持てる筈がない。此の儘無言で小さな向日葵を二輪取って暑い暑い煌めく太陽の下で歩き、汗を流した。汗を拭きながら愛美さんの住む大きな家に着いていた。その儘、ボーッと、ドアを見つめていた。その日は不思議と震えは感じなかった。今は夏、幸は暑さで倒れない様にも耐え、我慢していた。するとドアが開く音がした。幸はハッとしてドアの方を見た。そこには恋憧れる愛美さんがいたのだ。近くで見ると自分より大きいと感じたのであった。
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