#3 - 甲骨壺

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#3 - 甲骨壺

 1  各々の挨拶を手短に済ませた私達は、案内役として来てもらったマイクの指示に従って、博物館の正面から向かって右側の旧館ホールの方へと迂回することとなった。  館内へは正面入口からではなく別の場所から進入する様だ。  確かに、何がいるか分からない館内に正面から堂々と入るのは無謀だろう。  アネットもまだ戻って来ていないので、中の様子も全く分からない。  しかし、こういった危機察知は常日頃心得ている我々なら理解出来て当然だが、ただの夜間警備員であるはずのマイクが同じ思考を抱いていることが意外で、その点が少し気になった。 「どうして正面から入らないんだ?」 「夜間はセキュリティの為に正面玄関の扉を完全に施錠する規則となってまして、今回もそれは例外ではありません。それに、正面玄関――エントランスホールは危険です。あそこには……恐ろしいバケモノが居るんです。私の同僚を殺した、バケモノが」 「バケモノ?」 「たしかエントランスホールにあった展示物って、T-レックスとトリケラトプスの化石でしたよね。昼間見に行った時は特に何もおかしなものは無かったんですよね、ジョンさん?」 「そのはずだが……」 「奴等は、昼間は眠っている様なんです。でも夜は違います。奴等、特に肉食のヤツは動きが活発で、人間を見つけるとすぐさま襲い掛かって来ます。まるで生前と同じ様に……あいつを、ケビンを……!」  途端にマイクは青ざめた表情を浮かべ、恐怖心を堪える様に懐中電灯を握っていない方の拳を力強く握りしめた。  今回の件の通報者であるマイクは「恐竜に食べられそうになった」という内容で通報したと記録にあったが、この鬼気迫る雰囲気から察するに幻覚や目の錯覚などではなく、実際に体験したことなのだろう。  そして彼の聴取記録と今の発言を信じるなら、彼の同僚は恐竜に食われたという事になる。  事件発生当時、おそらく冷静さを欠いていたであろう彼の言葉を鵜呑みにする気は無いし、実際に何が居るのかはこの目で確かめなければ分からないが、わざわざ危険と分かっている場所に飛び込む必要はない。  私達はマイクの後に続き、館内へと続く旧館ホールの出入口へと赴いた。  旧館ホールの瀟洒な扉の前まで辿り着くと、マイクがそのまま扉を開けようとしたので、間髪入れずそれを制する。  中に入る前に、皆に説明しておかなければならない事があるのだ。 「今回の調査対象は三つ。館内で発生している夜間警備員の失踪について、彼が通報した『恐竜』について、そして警備員の幽霊についてだ。第一目標はそれぞれの事象解決と原因の排除、最低でも原因の特定はしたい」 「ジョン、その三つは関連しているってことで間違いないのかしら?」 「分からない。いずれも館内で発生している現象だから、順当に考えればその原因は館内にあるはずだ」 「でもそれは原因が同じって事にはならないんじゃないかしら」 「その通りだ。だから今回の調査は班を二つ作り、二手に分かれて調査を行おうと思う」  現在館内で発生している事象は、警備員の失踪という実害に加えて、詳細不明の恐竜と警備員の幽霊が出る噂の三つが存在している。  これが一つの原因、例えば一体の悪魔の仕業によるものであれれば解決は容易だ。  その原因を殴って幽世に送り返せばいい。  しかし、それぞれの事象発生の原因が全く異なるものだとすれば、それらを一つ一つ調べていく時間が惜しくなる。  調査時間の短縮と効率性を重視すれば、同時並行で調査を進めるのが得策だろう。 「なるほどね。班分けはどうするの?」 「普段から組んでいるペアで分かれよう。連携も取り易いはずだからな。ジニー達は館内の構造を理解していないだろうから、マイクがそちらのペアに加わるということで」 「それ、戦力的にジョン達の方がだいぶ心許ない気がするけど……」  ジニーの言う通り、こちらはミシェルが戦えないので超常存在と相対した際は私一人で戦うことになる。  下級悪魔程度であれば今の私だけでも全く問題ないが、魔人相手となると私も『転身(デモナイズ)』しなければ厳しいかもしれない。  そして、その戦いの中でミシェルを巻き込みかねない。  状況が悪くなれば即時撤退することも考慮しているが、私も決して戦いのプロではない。 「あ、それなら私とジョン入れ替えない? そうすれば戦力的には問題ないし」 「それこそ大丈夫なのか? そちらは女性だけになってしまうし、人数も少なくなる」 「それじゃアネットもこっちにちょうだい。彼女、貴方から少し離れても大丈夫なんでしょ?」 「ああ、この博物館の中なら問題ない」 「なら決まりね。大丈夫、ミシェルは私が絶対守るから。ね?」 「しかし……」  なんとも言えない表情のミシェルと視線が合う。  決してジニーを信頼していない訳ではない。むしろ超常犯罪の調査やその対処に関しては、彼女の方が経験豊富だ。  ただ、この前会ったばかりの相手と上手く連携出来るのかという懸念があるし、個人的にミシェルは近くで見守っていたいという気持ちもある。  ジニーが彼女を守り切れないということは無いとは思っているのだが、彼女の提案を受け入れるには、もう一つ自信となる根拠が欲しい。 「ジョン、ヴァージニアはか弱い女の換算に入れねえ方がいいぞ。この前だって、キレて悪魔ごとビル一棟消し飛ばしてんだ。お前の力がどの程度かは知らねえけど、現状の最大戦力は間違いなくこいつだ。余程の相手が出て来ねえ限り、人間一人守りながら戦うことなんて朝飯前だろ」 「ちょっとテックス? その話蒸し返すなんて良い度胸してるじゃない。アンタも燃やしてあげようか?」 「ほらな?」 「くっ……まぁ、今のジョンやテックスなら片手で捻っちゃうかもね」  そう言ってジニーは不満そうに頬を膨らませた。  成程。確かに、以前に『蒸発ホテル事件』の話を聞いた時にも思ったが、どうやら彼女は私が想像していたより相当強くて過激な女性の様だ。  この場の最大戦力と宣うのであれば、どの様な状況でも臨機応変に対応出来るはずだ。  おそらく最後までミシェルは無傷でいられるだろう。  むしろ、こちらの班の連携の方が心配になるくらいだ。 「分かった。それじゃあジニーはミシェルを守りつつ、ミシェルとアネットの案内に従って調査をしてくれ。緊急時は無線か、アネットを通して連絡をしてくれ。ミシェル、それで大丈夫か?」 「はい! 問題ありません! ジニーさん、よろしくお願いしますね」 「ええ、よろしく!」 「で、あとは俺とジョンがペアを組んで、案内役でマイクが加わるってことで良いんだよな」 「そうなるな。俺も昨日の昼に館内を回っているけど、行っていない場所もあるからな。特に夜の館内は昼とは勝手が違うだろうから、マイク、ナビをよろしく頼む」 「分かりました」  これで班分けが決まった。  メンバーは私、テックス、マイクの「M(男性)班」と、ジニー、ミシェル、アネットの「F(女性)班」だ。  しかし改めてメンバーを確認すると、なんだかジニーが女子二人を侍らせたいだけの様にも思えるが、恐らく気のせいだと思いたい。  きっとアネットは、心底嫌な顔をするだろうな。  無駄な思考もそこそこにして、私はすぐさま各班の行動方針の共有を行うことにした。 「まずこの扉を抜けると旧館ホールに出るから、ここで先に潜入しているアネットと合流し、館内の状況を共有してもらう。その後、俺達M班は二階に上がるから、ジニー達F班は地上階に降ってくれ。それぞれで調査を行い、原因が分かった時点で俺かミシェルが無線で連絡を取って必要なら片方の応援に向かう。ここまでいいか?」 「質問。どちらにも原因が見当たらなかった場合はどうするの?」 「一度旧館ホールの一階に集合してそのまま一階の調査を行おう。ただ、正体不明の恐竜の話が本当なら一階はかなり危険なはずだから、この場合ミシェルとマイクには扉から外に出て待機してもらう。ミシェル、もしもの場合は主任やマルコムさんに応援要請する必要があるから、いつでも通信可能な状態にしておいてくれ」 「分かりました」 「ま、下手すると俺らの戦闘に巻き込まれるかもしれねえしな」  仮に超常存在との戦闘になった場合、甲虫紳士の時の様に参加メンバーがエージェント達だけであれば周りを気にする事なく戦えるのだが、今回は普通の人間が二人も参加しているうえ、屋内での戦闘だ。  我々が行使する力や魔術の影響の他にも、衝撃によって天井や展示物が崩壊し、落下するそれらに押し潰される可能性だってある。  よって彼女達には外で待ってもらい、連絡役を担ってもらうのが得策なのだ。 「最後に、皆絶対に無理はしないでくれ。危ないと思ったら即時撤退だ」 「あら、魔人を倒す為に自分を犠牲にする人がそれ言っちゃうの?」 「ジョンさん……」 「良いんだよ、俺は。それに俺も無理をするつもりはないさ。死なないからって、死ぬほど痛いのは変わらないんだから」  自嘲気味にそう言ってみると、テックスはその気持ちがよく分かるのか、うんうんと強く頷いているが、ジニーには呆れた様子で溜息を吐かれた。  そしてミシェルに至っては怪訝そうな表情が消えない。  もしや、まだ『魔女狩り事件』の時の事を気にしているのだろうか。  彼女の優しさは尊ぶべきものだが、それは是非とも私などではなく他の誰かの為に使ってやってくれ。  人間ではない私ではなく、人間の誰かに。  当然ながら、マイクはよく分からないといった様子だ。  それよりも早く扉を開けたいらしく、鍵をちらつかせている。 「……それじゃあ行こうか」  どことなく居心地の悪さを感じた私は、マイクに扉を開けさせ、誤魔化すように館内へと進入した。
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