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『待たせたな背の君。一階はだいたい見回ったぞ』
旧館ホールに入った直後に念話でアネットに呼び掛けると、ほどなくして先行調査を終えたアネットがやって来た。
一応、アネットと話している姿をマイクに訝しまれないよう、最近覚えた念話で会話を続ける。
『中はどんな感じだ?』
『一階の様子は昨日の昼と変わらん。ただ匂いは強くなっているな』
『恐竜は?』
『骨の像のことか? 微動だにしなかったぞ。単に吾に反応しなかっただけかもしれんがな』
『人間に、いや、生体に反応するのか? ってことはやはり接近しないのが吉か……分かった。お前はこのままジニー達と一緒に地上階に降ってくれ』
『あやつ等と一緒か。ううむ、背の君の頼みなら致し方ない……明日のモーニングはDで頼む』
『はいはい分かったよ。それと、彼女達に何かあったらすぐに連絡してくれ』
『心得た。しかし……そやつは共に連れていて良いのか?』
そう言って彼女が指差した先に居たのは、暗い館内を懐中電灯で忙しく照らしてるマイクだった。
質問の意図がよく分からないのだが、ただの人間を調査に連れて大丈夫なのか、という意味だろうか。
確かに、ただの人間が調査に関わるのは危険だが、私とテックスで守れば問題ない。
しかしその懸念はミシェルにも当てはまる訳で、そちらは考慮に値しないということなのか。
いったいミシェルの何が気に食わないというのだろうか、私の隣人は。
『二階が終われば外に避難してもらうから、問題はない。そちらこそ、ミシェルのこと頼んだぞ』
『背の君が良いと言うのであれば良いのだがな……あと、Dモーニングの肉を倍増してくれ。そうすればあの小娘の事は視ていてやろう』
『はぁ……分かったよ。だからほんと頼むぞ?』
その問いには『二言は無い』と答え、アネットはほくそ笑んだ。
彼女は基本的に私の為に動いてくれるので、こういった誰かを守る役割も引き受けてくれる。
明日の食費が割り増しになるのは、必要経費の範囲だろう。
アネットからの情報共有と調査方針の確認を終えた私は、今のところ悪魔や魔人の気配が確認出来ないことを皆に共有してから、それぞれの班に分かれて調査を開始した。
二階に上がり、調査を開始してから五分が経過した。
二手に分かれる前に予め決めた定時連絡の時間の為、無線でミシェルに呼び掛ける。
「こちらM班。今のところ二階で異常は確認出来ない。そちらはどうだ?」
『こちらF班。こちらもまだ異常は確認出来ていません。ジニーさんによると一階よりもかなり気配が強いとのことですが……あ、待ってください! ジニーさんが何か見つけたみたいです!』
ミシェルのその台詞の直後、おそらく確認の為に一旦通信が切断される。
やはり、地上階が当たりの様だ。
近くに居るテックスに呼び掛け、今度はミシェルから来る通信を共に聞く。
『こちらF班! 地上階の奥、エレベーターと階段の間に設置されている大きな骨……亀? の骨から大量の魔力が放出されている様です!』
「亀の骨?」
亀の骨、おそらく骨格標本だろう。
何故亀の骨から魔力が放出されているのかは分からないが。
ふとテックスに視線をやると、何かを閃いた様子だ。
「もしかして『甲骨壺(こうこつこ)』か?」
「甲骨壺?」
「古代中国の呪術の一種だ。以前中国の遺跡に潜った時に古い残骸を見つけたことがある。確か、甲羅の中の魔力と大気中の魔力を循環供給させ、骨に彫った術式を長期間維持させる道具だ」
「それは、どれぐらい持つんだ?」
「壊されない限り半永久的で、甲羅そのものの破壊は難しくねえんだが、問題はその大きさだ。大きければ大きいほど甲骨に刻める術式が増えるし、防御結界も施せるはずだからな」
つまり魔力炉であり、術式展開装置であるそれ自体の物理的破壊は容易だが、それを守る為の術式も同時に施されており、その解呪が必要ということだ。
亀が小さいことを祈らんばかりだ。
「ミシェル、亀はどれぐらいの大きさだ?」
『大きさは……全長がだいたい三フィートぐらいです。ゾウガメって言ったら分かりますか?』
「やべーな、そのサイズだとかなり強力な防御結界が施されてるはずだ」
ゾウガメと言えば、世界最大級のリクガメだ。
よくよく考えてみれば、博物館に飾られるものが小さな標本の筈がない。
おそらく相当大きな魔術道具だ。
ただの悪魔が、それほどの物を簡単に用意出来るはずはない。
十中八九、魔人の仕業だ。
「“破壊できそうか”とジニーに聞いてくれ」
『はい』
再び通信が途切れ、そして間もなくして復旧する。
『「楽勝! と言いたいけれど、けっこう時間が掛かりそう。二人ともすぐに来て」だそうです!』
「まぁアイツなら壊せはするだろうが、そこそこ時間も掛かるだろうな」
「二階に何もない以上、俺達もここに留まる理由はない。すぐに地上階へ応援に向かおう」
「了解だ」
「ミシェル。直ぐそちらに向かうから、解呪作業に取り掛かるよう伝えてくれ」
『了解です!』
想像通り、巨大な亀の骨は『甲骨壺』という魔術道具であり、甲羅を破壊させない為の結界は、あのジニーを手こずらせる程に強力の様だ。
そしていつ何が起こるか分からない館内で、長時間の調査活動は非常に危険だ。
すぐさま彼女達の応援に向かう必要があるだろう。
テックスと視線を合わせて互いの意志が同一であることを確認し、近くで調査している筈のマイクを探す。
色々と未知数な館内で一人にする訳にもいかないので、彼も連れて行こうと思ったのだが、その時になって漸く気付いた。
「――マイク?」
周囲にマイクの姿や気配が一切なかったのだ。
いったいいつの間に消えたのか、全く見当も付かない。
もしかすると先に地上階の方へ向かっている可能性もあるが、嫌な予感が拭えない。
「テックス。マイクの姿が無い」
「そう言われてみれば……どこに行った?」
「分からない。下の階に行ったのか、それともどこかスペースの奥に居るのか……匂いで辿れないか?」
「確かにアイツ変な匂いしてたが、足跡を辿れるほど強くはねえから、ちょっと難しいな」
「変な匂い?」
「香水でも付けてんのか知らねえけど、匂ったんだよ。なんというか、防腐剤みてえな変な匂いだった」
私には特にその様なものの匂いは感じられなかったので、本当に僅かな匂いだったのだろう。
今はあまり気にしないでおこう。
足跡を追えないということであれば探しようもなく、虱潰しに彼を探している余裕もない。
「……仕方ない、マイクを探すのは後回しだ。まずは当初の目的を果たす為にミシェル達の所へ急行しよう。場所は旧館ホールから階段を伝ってそのまま行ける」
「真反対か、よし。行くか」
私達が居る場所は二階の西側、猛禽類の剥製が並ぶエリアだ。
テックスと共に来た道を戻り、早足で旧館ホールがある東を目指す。
二階は一階まで吹き抜けの場所が多い為、走りながらマイクを探してもよいと考え、横眼で恐竜の化石が並ぶ場所を見ていくことにした。
といっても目に映るのは一瞬なので、期待はしていない。
しかし、今回においてはその行為が功を奏している。
それはマイクをすぐに発見できたからではなく、即座に注意を促すことが出来たからだ。
右方から飛来する巨大な物体に、いち早く気付くことが出来たからだ。
「――!? 危ない!!」
咄嗟に前を走るテックスの襟首を掴み、その体をこちらに思いっきり強く引き寄せる。
すると、直前までテックスが居た場所――二階通路の中程に突撃する巨大な骨の顔が現れ、耳を劈く破砕音を轟かせながら通路の仕切りを木端微塵に破壊した。
仕切りのガラス壁は砕けてそのまま一階へと降り注ぎ、甲高い破砕音を幾重も生じさせた。
もしもテックスを引き寄せなければ、その顎と牙が彼を襲っていたに違いない。
そしてその巨大な顔について、私とテックスは非常に見覚えがあった。
「おいおい、マジかよ……マジでそのままかよ」
私達の前に現れたのは、私達を食らわんとする巨大な肉食恐竜『T-レックス』の全身骨格だったのだ。
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