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「ってことで、もうここには来るなよ。朧依は俺が幸せにする。お前はせいぜい、首を洗って待ってろ。」
城之内がそう言い捨てると、頼尊はよろめきながら病院を後にした。
真夜中の渋谷。頼尊は誰かの幻影を求めて通りをさまよい歩く。クラブにも顔を出したが、自分にしな垂れかかる男たち、女たちの中にその人はいない。
「くそっ!くそっ!くそっ!…何で…何でお前の匂いがしないんだ。」
ふらり、ふらりと足をもつれさせながら、自宅のマンションへと向かう。
電子キーが開く重い音。暗いままの廊下。人気のなさはいつもと変わらない。朧依がいた時も、彼は寝室から出ることなく、気配を消すようにして生きていたから。だが、この先にもう、朧依はいない。鍵を壊されたドアに手をかければ、金属の擦れる嫌な音が室内に響き渡った。
頼尊の視界に映るダブルベッド。少ししわの寄ったシーツ。その上に掛けてあった薄い布団が、朧依の寝姿を少しだけとどめていた。
いつの間にか朧依のことを愛していたのだと、いまさら気づく。
はじめのうちは朧依から手を伸ばしてくれていたのに。
だが、遅すぎた。すべてが、遅すぎた。
すべてを失った彼が、朧依に会えることはもう二度とない。
耳に届く男の慟哭は、果たして自分のものだろうか。
頼尊は布団に触れようと伸ばしかけた己の手が激しく震えているのを、他人事のように眺めていた。
End
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