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不機嫌な顔をしていたと思う。
でも彼はにこにこ笑って、
「名前、教えて。」
綺麗な笑顔を浮かべる。
「どうして僕のことなんか気にするの?」
綺麗な顔が真剣な顔に戻る。
「気になるから。ずっと気になってたから。友達になりたいんだ。」
僕は読んでいた本をパタンと閉じた。
彼の目を真っ直ぐ見つめる。
今までこんな風に直接的に言われたことは無かった。
僕は慌てた。
慌てて視線を外し下を向く。
心臓が早くなる。
「なんで君みたいな人が僕と?」
声は震えていた。
「だから!気になるからって言ってるでしょ!」
「同情のつもり?哀れんでるの?僕の事・・・」
下を向いたまま声を絞り出した。
「僕のことなんて何も知らないくせに・・・」
卑屈な僕の心・・・それに引き替え彼は・・・
「知らないから知りたいんでしょ!ほら、名前教えて。」
僕の顔をのぞき込みながら笑顔を見せた。
「・・・藤沢要・・・」
何故名乗ってしまったのか・・・
僕にも分からなかった。
ただ彼の笑顔が綺麗で・・・
優しい声が心地よくて・・・
その場から離れることも出来たのに。
僕は彼の隣でただ震えていた。
彼だって、
僕のこと本当の僕を知ったら、
イヤになって去って行くに決まってる。
なのに何故名乗ってしまったのか・・・
「藤沢か・・・了解!俺のことは島って呼んで!あ、下の名前でもいいけど・・・まぁまずは名前聞けただけでいいや。」
彼は嬉しそうに笑い、そして、
「じゃあね、藤沢、邪魔して悪かったね。また明日。」
カタンと隣から立ち上がり、
颯爽と立ち去った。
彼の去ったところからいい香りが立ち上がった。
いい香り・・・なんの香りだろう?・・・
紫陽花の香り?・・・
僕の好きな・・・紫陽花の・・・?
他人と話したのは、
心療内科の先生以外は彼が初めて。
なにか心に残る彼の笑顔。
優しい瞳、
明るい声、
まるで僕とは正反対。
なのに何故僕は名乗ってしまったのか。
そればかりが頭に浮かんでは消えた。
明日からは・・・
明日から会わないようにしよう。
僕は心に決めた。
また傷つくのはイヤだ・・・
下を向いて真っ赤になりながら、
僕はまた飴を口に入れた。
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