灼熱の野庭駅

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灼熱の野庭駅

 白雪村に行くには、啓丹線(けいたんせん)の最終駅、野庭駅(のばえき)で下車します。  七月二十九日の正午。  一日に四本しかない列車が、定刻通り、駅に停まりました。  五十メートルくらいしかない短いホーム。ホームには屋根もありません。  ひとりの少年がホームに降り立ちました。  高校生ぐらい。華奢な体におとなしそうなやさしい表情を浮かべています。   水色の半袖シャツにベージュのズボン。ショルダーバッグを背負い、片手には「安曇野の水」とプリントされた二リットルサイズのペットボトル。中はすっかり空になっていました。  列車を降りたとたん、すぐハンカチで汗を拭き始めました。  暑いのが苦手なんでしょう。ゼーゼー息を吐いています。  すぐ横を、会社員風の男性、女性が通り過ぎました。  「武藤さん。知ってるかい。  谷にある白雪村のことだけど・・・  夏、むちゃくちゃ暑いのに、冬、ずっと雪が降るのはね。  雪女の家が、村にあるからなんだって」  「主任!ぜーんぜん面白くもない話です」  「まあ聞きなさい。  昔、雪女が村の若い男といい仲になって子どもが生まれた。それから代々、続いている。  その家の女性はね。亡くなると雪女に生まれ変わるんだそうだ。  冬、雪を降らせて・・・」  「すごく平凡で、すごくつまらないんで、テレビやネットも取り上げてはくれないと思います。  だいたい、そんな馬鹿らしい話、どこで聞いたんですか?」  ふたりの声が遠ざかります。  少年は無人の改札口を通り抜け、駅の外にあるお手洗いの水道で、ハンカチを濡らしてよく絞りました。  駅前のバスに乗り込むと、運転手が声をかけてきました。    「白雪村ですか?」  「はい」  「私はあの村なんです」  「僕、氷室(ひむろ)さんの家に行くんです」  「ほお。あの雪女さんの家!  話、聞いてるでしょう。ただの伝説だけど・・・」  四十歳くらいでしょうか。ずいぶん話好きです。そう言って笑いました。  
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