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本番前
散らばった台本と、気まずそうにステージ端で固まっている役者達。原因は、ステージ中央の俳優とステージ下の男性の怒号。
「この舞台だって、自分の卒業公演くらいにしか考えてないんだろう⁉︎」
頼む。こっちに視線をよこさないでくれ。
「卒業公演なら、俺自身を主役に置いたっていいんだからな‼︎」
「ねえ」
薄い台本が床に叩きつけられた。ボールペンで書き足されて滲んだ後が、ぐにゃりと歪む。
こんな状況で、ささやくような声が響くわけもなく。
「お前、芝居できないから脚本に回ったんだろ‼︎いざ賞とったら上から目線かよ」
何度も時計を見上げたから、わかる。リハーサル終了時刻はとうに過ぎていた。
公民館の小さな舞台。東京もの見たさに列ができていたのは知っていた。いつ誰がフライング入場しようが、不思議ではない。
どうしよう。
「いい加減にしてよ」
低い声が、静かにホール内を反響する。
「凛ちゃん…」
見上げてくる情けない視線にぶつかった。左を向けば、気まずそうに下を向く男性。
ここまできて初めて、自分の声だと気づいた。
「ぶっつけ本番なんだから、やらかさないでよ」
目が腫れてしまわないうちに、目元を拭った。
「これじゃあ、誰が座長かわかんねーじゃん」
しょげる肩に一発喝を入れて、舞台袖に向かう。
「ヒロインは骨太でなきゃ」
不安の中作った笑顔が、誰にもバレなきゃいいけど。
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