カフェにて

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カフェにて

「ごめん」 これは、突然呼び出したのに遅くなって。 「こっちこそ」 これは、店選びを間違ってしまって。 「昭和な雰囲気で地元密着型でバタートーストが美味しそうな喫茶店」にうるさい大脚本家に対して、外観だけで店を選んでしまった。 キョロキョロされると、数分前の自分を思い出す。 「いらっしゃいませ」 土地勘のない地で、いい店を見つけたと思った。ここ3日で少し慣れたイントネーションも優しくて、案内されるままテーブル席に着く。 ランチには遅くて、ティータイムには早い。人のいない店内は、都合がよかった。 「注文は連れが来てからで」 でも、すぐに間違いだと気づいた。だって、店内は野球ボールが所狭しと並んでいる。それが落ち着いた外装とはアンバランスで、減点ポイント。 「かしこまりました」 縦縞やイエローカラーは見あたらないが、この店にとって記念球であることはたしかだろう。 「ありゃ別れ話やな」 「黙っとけ」 ぶしつけな会話も、しっかり耳に入る。うーん、なんだか。 アイスコーヒーのグラスを指でなぞると、滴が流れる。 「どっちから喋るかな」 「引っ込んどけ」 開いたままのメニューを、そっと閉じた。
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