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喧騒
「なあ、アンタ、滝本里香やろ」
突然呼ばれた名前に、思わず体が反応した。というか、手にしていたポイがビニールプールに滑り落ちた。
どうして、今更。どうして、この喧騒の中。鼓膜はこのセリフを拾ってしまったの。
「あ、やっぱり?」
見上げると、負ける気がした。クツクツと聞こえる笑い声が、また腹立たしい。
「どうして」
視線もあげず、そのまま立ち上がった。子供の足音が遠のいていく。そんなこと、私には関係なくて。
「なんでって、ウチの母ちゃんがファンやったから」
「やった」と過去形の強調がはっきり伝わる。
「この辺やったんやな、ジブン」
いえ、仕事です。答えなくったって、どうせ訛りでわかるんでしょう?
「この辺やったら、俺の方が有名かもな」
あ、そういうマウンティングは受け付けていませんので。
「なあおっちゃん、かき氷奢ってや!」
この雰囲気に巻き込まれたくないのか、あえてこのテントを避けていく浴衣の柄たち。ズカズカと踏み込んできたのは少年の声。
明るい声音につられて視線を上げれば、私より年上に見える男性が座っていた。
小銭を渡した時には気にしなかったけど、こんな顔だったんだ…。
「アホ、お兄ちゃんは今月もうカツカツやねん」
シッシッと手を払う仕草と「お兄ちゃん」が似合わなくて、笑いをこらえながら静かに踵を返した。
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