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PM18:00
月が風船のように大きく空に浮かんでいる。まだ明るい空に闇が迫り、月の反対側で太陽が地平線に飲まれ始めた。
木々の緑がゆっくりと黒い影に変わり、山裾から涼しい風が吹いて来る。
撮影班は一番映りの良さそうな場所で、パタパタと準備に走り回っていた。何やら相模の叫ぶ声が聞こえるが、少し離れているので、何を言っているかまでは分からない。多分、車の位置やライティングの指示だろう。
シャツを着て、ジャケットを羽織ると、ジャケットのポケットからネクタイを取り出す。が、ネクタイは…結んだことが無い。
「ヤマトはコレ、結べるか?」
屈むように言われ、ヤマトに結び方を教わる。その間ずっとヤマトはスッキリしない顔をしていた。
オレが人間のモデルをするのがそんなに気に入らないのだろうか? 何故だ?
「オレが人間の姿でモデルをしたらダメか?」
額を寄せて聞くと、ヤマトは顔を赤らめて俯いた。
「人間のロキを知っているのは僕だけでいいんだよ…」
唇を尖らせて文句を言う。
「? 何を言ってる。ヤマト以外にも、オレの実家の家族は皆オレの顔知ってるぞ?」
「だから…ロキの人間の姿を知ってるのは家族だけでいいんだってば……」
そう言われて、ヤマトの言葉が引っかかった。
「オレとヤマトは家族なのか???」
ヤマトの茶色い大きな目を覗き込むと、一瞬目を逸らしてから、話を茶化した。
「ペットは家族です( ・`ω・´)キリッ」
「なんだそれ(笑)」
普通に聞いても答えて貰えないなら、少し強引に尋問するか。
オレは自分のデカい身体を最大限に利用して、ヤマトをロケバスに張り付けると、甘い声で優しく問いただした。
「なぁ…本当に、オレを家族だと思ってるのか?」
「当たり前だろ!」
然してヤマトは、スルリと下から潜り抜けると、スタスタと撮影班の居る方へ歩き出した。クソ…身長差がありすぎると、壁ドンが効かねぇ。。。
慌てて後を追うと、ヤマトは背中を見せたまま独り言のように呟いた。
「ロキは、雄オメガを守る優秀なガードドッグだよ」
自分に自信の無いオレは、全てに対して疑心暗鬼になっている。それはもちろん、ヤマトに対しても同じだった。
「なんだよ、ガードドッグなんて他のウルフドッグにでも出来んだろ」
大型犬なら何だって良いんじゃないのか?
ヤマトは呆れたように溜め息をついて足を止めると、振り返って真っ直ぐオレを見た。
「他のウルフには、僕の発情は鎮められない」
「鎮静剤があるだろ」
「いい加減気付けよ!」
突然、ヤマトが声を荒げた。撮影班には聞こえていないかもしれないが、ヤマトがこんな風に感情的になるところを見たのは初めてだ。
「僕にはロキしか居ないんだよ。他の誰もロキの代わりは出来ないって、何で分からない。僕は…アルファから守ってくれるロキが居ないと、今みたいに自由には生きていられないんだって…いい加減気付けよ……」
泣きそうな顔をしてヤマトが声を絞り出す。オレの忠義心がチクリと痛んだ。ヤマトを怒らせたいわけじゃない。ただ、ヤマトの隣に居られる理由が欲しかっただけだ。
オレがヤマトの自由を守ってるって?
本当に? ヤマトにとってオレは必要な存在なのか…?
「だから…人間のモデルなんてするなよ。人気が出たらどうするんだ。誰が僕を守ってくれるんだよ……」
すがる手が微かに震えている。
バカか、そんな簡単に人気なんて出るわけないだろ。飼い主の欲目って恐ろしいな、買いかぶりもいいとこだ。
「安心しろ、人間のモデルなんて続けるつもりはない。ただ今回は、人助けなだけだ。オレは、ヤマトが必要ならいつまでもお前の側に居る…家族だからな」
赤面するヤマトを残して、オレは相模のところへ衣装チェックをしてもらいに行った。
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