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PM18:30
衣装はサイズもイメージも問題無いということで、全て脱いでスタンバイするよう言われた。
先程の衣装担当の女がシャツを脱がし、端から細かくチェックして小さなアイロンをかけつつオープンカーの中に畳んでいく。
下着は肌色のシームレスなビキニパンツ。指定で渡された理由は、大人の事情とやらで、ロゴが入っていたりするとややこしいらしい。
パッと見、素っ裸に見える格好で車の横に屈む。そこから立ち上がって、服を着て、車に乗って終了だ。車が走り去るシーンは…雑用係で十分だろう。
言葉にすると簡単そうだが、実際には表情を作らなければいけない。少し不安だったが、何度かリハーサルをしてるうち、相模が非常に分かりやすいアドバイスをしてくれた。
「人間に変身して、これから女の子をハンティングに行くんだから…もっとこう、野性味を出して」
狩りなら、大好きだ!!
猪や鹿も狩り甲斐があっていいが、反撃のリスクを考慮すると…やっぱ兎かな。
18:45。日の入りからちょうど20分が経ち、空が赤から青黒くグラデーションがかる。草木や雲に影が落ち、民家に明かりが点り始めるトワイライトタイム。
本番のカメラが回る中、車の影から立ち上がってシャツを着る。兎を追い走る高揚感を思い出しながら演技をしていると、視界の端にヤマトが見えた。
撮影の邪魔にならないようにと、車から30mほど離れた所で見守っている筈が……オレの仕事姿には目もくれず雑用係と談笑している。
雑用係は、周りに人が居るうえヤマトにヒート臭も無いからか、普通に話をしているだけだったが……腹の底から全身の血がたぎるのを感じた。
あの野郎、息の根を止められたいのか!
思わず殺気を放ってしまい、慌てて自制する。少し距離が離れていたからヤマトに影響は無さそうだが、一刻も早く撮影を終わらせてヤマトからアイツを引き剥がさなくては!
服を着て車に乗り込むと、満足気にパチパチと拍手をして相模が声を響かせた。
「オッケー! ツユテル君、素晴らしかったよ、完璧!」
え? オレ…まだ1回しかやってない…
どーせまだ何回か撮影するのだろうと思いきや、まさかの一発OK。しかもそれをヤマトが見てなかった……。
「いやぁ、途中、凄い殺気を感じてゾクゾクしちゃったよ〜♪ リハの時と全く違って驚いたよ、やるねキミ〜。プロのモデルを目指すべきだよ、是非また君と仕事がしたいねぇ!」
ご機嫌におだててくる相模を適当にあしらい、ヤマトの元へ急いだ。
ヤマトに連絡先を聞いている雑用係の前に立ちはだかり睨みを効かせる。すると、想定外の背中にバシッと衝撃を食らった。ヤマトに叩かれた⁈
「痛ってーな!」
ヤマトに反抗すると、まさかのオレより強い殺気を帯びた目で怒鳴られた。
「邪魔!」
じゃ……ま………
ヤマトの強い口調がリフレインして、頭の中にこだまする。
ヤマトに邪魔って言われた……怒られた。。。
目の前が真っ暗になり、ヨタヨタとその場を離れようとすると、ヤマトにガッ!とスーツを掴まれた。
「ツユテルの事話してるんだから、一緒に聞いてて」
何で雑用係とヤマトがオレの話をするのかと聞いていると、モデル料の支払い云々を話していた。振込先をどうするか〜とか何とか。
「後日じゃダメなのかよ」
どーせ振り込まれるのは2ヶ月先だろうが。そんな今すぐ教えなくても…と思ったら、ヤマトがピョンピョンと何か言いたげに跳ねた。顔を近づけると、えらく心配そうな顔をしている。
「後日にしたところで、個人の銀行口座なんて無いだろ…どうするんだよ」
「……作ればいいだろ?」
「ツユテルって偽名だろ?」
「いや、本名。戸籍もあるぞ」
そう告げると、ヤマトは酷く驚いた顔をした。
「だから言ってるじゃねーか。3年前まで実家暮らしで、実家は一般家庭だって」
オレが昼夜逆転型の特異体質なだけで、実家の家族は、夜寝てる間にちょっと狼になるが、普通に昼間の人間社会で働いている。
自分だって珍しい男オメガのくせに、オレを珍獣か何かみたいに。……いや、珍獣だけどもよ。
しばらく呆然としていたヤマトだったが、ふと我に返ると、雑用係に営業スマイルで応えた。
「後日、先程教えていただいた連絡先にメールさせていただきます〜」
その後、ヤマトは大神露輝への問い合わせと断りに追われ……
オレは、オレのCMを観るたびに発情するヤマトに追われるハメになるとは、想像もしなかった。
ペットモデル編(完)
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