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AM10:00
オレの名はロキ。人間ではない。
映画やドラマでよくヴァンパイアのライバルとして描かれる事が多い"人狼"と呼ばれる種族だ。
人狼は、昼間は人型で人間に紛れて目立たないよう生活し、満月の夜にのみ狼に変化する。人間社会で生活していれば、昼間は働き、夜は眠っている間に狼になる程度で、ハッキリ言ってドラマになるような人生を送っている奴はほとんど居ない。だから想像上の生物とされている。
しかし例外は居る。それがオレだ。
人狼の中でも特異体質で、普通の人狼とは逆…昼間が狼で、月夜に人型になる。
当然、他の奴らみたいに会社員などにはなれないし、ホストなどの夜の仕事も、結局は客に合わせてまだ明るいうちから外出しなければならないので出来ない。稼ぎが無ければ食っていく事も出来ないので、人間社会で生きていく事は不可能だった…少なくともオレ独りでは。
かと言って実家の軟禁暮らしには我慢ならず、家族を捨て、山深い所を転々と移動して生きてきた。これだけ開発が進んだ日本でも、まだ山奥に野生動物は居るもんで…それらを狩って生きる日々は、自由で、ヒリヒリと空腹で、孤独だった。
そんなある日、今まで嗅いだ事が無い不思議な匂いを感じた。人間の匂いだけど、普通の人間ではない…不思議な甘い香り。
人里で姿を見られて騒ぎになりたくない…そうは思ったが、匂いの元が気になって眠れないので見に行くと、人間のオスのΩだった。それが、オレの飼い主・ナギ ヤマトとの出会いだ。
人間には第二性というものがあり、雄雌に加えてα・β・Ω性というものがある。ほとんどの人間はβ性だが、いわゆるエリートにはα性が、下層民にはΩ性が多いらしい。
Ωは男女問わず妊娠出産が可能で、定期的に発情し…発情期にはフェロモンを撒き散らすとして強制休暇を義務付けられている為、出世街道から外れる事が多く、自営業や水商売をして生計を立てている者が多いと聞く。
中でもヤマトは、αを産みやすいとされるオスのΩで…それを知った猟師に、人狼のオレと共に拘束され人身売買されそうになった。だから常にフェロモンを抑える発情抑制剤を飲んでいるが、どうもオレの殺気に充てられると、抑制剤が効かないほど発情するようなので、くれぐれも短気を起こさないようにと常々ヤマトから注意されている。
そんなヤマトは犬の訓練士だ。初対面でオレを信用し、身体を預け、相棒犬として人間社会に引っ張り出した。
オレは普段はヤマトの仕事に同行し、たまに客に犬のフリをして手本を見せる。埼玉に越してきて早1ヶ月、ドッグカフェや動物病院に営業をかけて、ポツポツと客が増えてきた。
いつもはヤマトの世話になるばかりのオレだが、今日は別の仕事をする事になった。ペットモデルだ。
金色の瞳をした黒い"ウルフドッグ"としてペットモデル登録されていて、自分で言うのも何だがなかなか絵になるらしく、関東に越して来てすぐに数件のオファーが来た。
そして今日はWebで流されるCM撮影とやらで、千葉の里山に来ている。
ヤマトは、急に暑くなった5月の太陽を眩しそうに見上げ、知人訓練士から格安で譲ってもらったシルバーのハイエースを木陰に停めた。クーラーボックスから凍らせた水のペットボトルと空のバケツ、タオルを持ってオレを連れ出す。
車から一歩外に出ると、まだ午前中だと言うのに日差しは真夏のよう…特にオレは真っ黒だから辛い。まだ風が涼しいのが救いか。
小さく息吹き始めた若葉が音を立てて成長するように感じる新緑。ソヨソヨと風が揺らすと、鮮やかなグリーンの影が地に落ちる。
もう少しすると出番だからと、スタンバイするよう言われ撮影スペースまで歩く。途中、ずっと木陰を選んでくれてはいたが、犬科にこの気温は厳しい。大きな口からダラリと舌を垂らし、ハァハァと口で呼吸をしていると、ヤマトが心配してオレを覗き込んだ。
「ロキ、大丈夫?」
茶色い大きな瞳にオレが映り込む。白くて細く小さな身体は、人間の女のようだ。だが初対面の人狼のオレに伽の相手をさせたり、お持ち帰りをしてペット化するなど、外見からは想像もつかない豪胆な性格をしている。
オレは[暑いが仕事だから仕方がない]とヤマトを見やった。
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