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AM10:30
今日の撮影内容は【山道から狼が現れブルブルと身震いをして人間に変身し、オープンカーの中のスーツを着て、颯爽と夜の街に繰り出す】というメンズスーツのWeb用CMらしい。
まさかカメラの前で変身するわけではなく、オレは前半の狼役。変身はCG加工され、変身後の人間役は、後ほど来るプロのモデルが演技をするということだ。
ヤマトは、撮影予定の山道の木にリードを括り付けると「伏せて待ってて」とタオルを自分の首に引っ掛け、バケツに水を汲みに行った。
濡れた枯葉が積もった上に伏せると、冷たくて気持ちが良い。少しでも冷える面積を増やそうと足を伸ばして顎までベッタリ地面に付けていると、水を汲んで戻ってきたヤマトに笑われた。
「はい、お水。今から撮影だからバケツに顔突っ込んじゃダメだよ」
凍らせたペットボトル入りの冷たい水を飲み終わると、ヤマトは首にかけたタオルで濡れたオレの顎下を拭った。オレからヤマトに対しては大したことをしていないのに、こうも献身的に世話を焼かれると、自然と忠義を抱くものだ。
少々暑かろうが、今日も出来ることをしよう…そう決意をして、柔らかいヤマトの脇腹に鼻を突っ込むと、その向こう側に見知らぬ男の匂いがした。
「へー、本当に狼なんて飼ってる人気が居るんだねぇ」
ヤマトがその男の方を振り返ると、40代くらいの男がニヤニヤと笑いながら近付いて来た。
「君が凪クン? 私はディレクターの相模だ、今日はよろしくね」
ディレクターと聞いてヤマトが緊張したのが分かった。オレがちゃんと仕事をして気に入られれば、新たな仕事に繋がるかもしれない。ヤマトは差し出された手を握り返し、挨拶をした。流行りの格好をしたイケオジ気取りだが、頭はかなり弱そうだ。
「凪と、こちらはロキです。今日はよろしくお願いします」
「訓練士なんだって? 可愛いからモデルの子かと思ったよ」
握手をしたまま、相模はジロジロとヤマトを品定めした。ヤマトの顔が引きつっている、苦手なタイプなのだろうか。
「あ…の、僕は演技とか出来ないんで…」
相模は握った手をグイッと引き寄せて肩を組むと、ヤマトの髪に鼻を埋めて深呼吸をした。
「君、良い匂いがするね〜…いろいろ教えてあげたくなっちゃうな」
ヤマトに鳥肌が立つよりも早く、オレが立ち上がった。4cmを超える犬歯を見せて腹底から地響きのような声で唸ってみせる。
離れろ……
普通の犬とは比べ物にならないデカさの狼に唸られると、並の人間なら恐怖心を抱く。相模も大人しく引き下がることを選んだようだ。
「あ…はは、大事な主役の狼クンが疲れないうちに撮影しちゃおっか。スタンバイよろしく、凪クン」
「は…い」
ヤマトは苦笑いで相模を見送ると、はぁっと脱力した。あのディレクターがヤマトの匂いに反応していたところを見ると、αなのかもしれない。
「ロキ、追い払ってくれてありがとう。でも抑えてくれないと、ロキの感情が高ぶると僕が発情してしまう事を忘れないで」
ハイハイ、分かってますよ。
返事の代わりにグルルルと喉を鳴らした。ヤマトの急性発情はオレが特異体質だからなのか、それとも人狼だから影響するのかは分からない。
少しでもヤマトのフェロモンを獣臭で隠してやろうと、頭をグリグリとヤマトの身体に押し付ける。
「うはは…ロキ、くすぐったいよ…」
よろめくヤマトに遠くから声がかかった。
「凪さーん、お願いします!」
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