330人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
PM13:00
ヤマトが車から出て行って数分後。オレはヤマトとの関係について考えていた。
オレはヤマトが居ないと、人間社会では生きていけない。ペットモデルの仕事も、ヤマトが居なければ成立しない。
でもヤマトは? オレが居なくても1人で生きていける。オレはヤマトにとって特別必要な存在ではない。居ても居なくても、ヤマトの人生は変わらない。むしろ、こんな超大型犬はお荷物だ。客に見本を見せる相棒なら、小型犬で十分だ。
ヤマトが昼食のロケ弁を食うのに使った割り箸が目にとまる。こんな物を命がけで咥えていたのかと思うと阿呆らしくて泣けてくる。
考えれば考えるほどに悲しくなり、同時に怒りが湧いてくる。せめてヤマトと対等で居たい、隣に相応しい存在意義が欲しい。
ヤマトはただオレを信頼したから連れ出したに過ぎない…不必要な存在ではないのか?
ヤマトが帰って来たら、その辺りをぶつけてみよう。しかしヤマトは帰って来なかった。
撮影前、水を汲みに行った時は、ものの5分で帰って来たのに、もう20分以上経っている。
氷で全身を冷やしたからか、身体も軽くなったので窓から外を覗いてみると……微かにヤマトの匂いがした。
いつもの匂いじゃない。
甘く切なく…胸が締め付けられるようなオメガの香り。
気がつくとオレは窓から飛び降りていた。
風に乗って流れて来るヤマトの匂いを辿ると、山道入口の公衆トイレが見え、そこから何やら男の騒ぐ声が聞こえる。
そっと死角から近付くと、雑用係の男が個室のドアを力任せに叩いていた。ヤマトはその中に居るようだ。
「相手してやるから出て来いよ!」
匂いに充てられているのか、雑用係の目は血走り、自制心のカケラも無いように見える。奴はアルファなのか? あれじゃまるで、最近ヤマトと観た映画に出てきたゾンビだ。
「出て来ないなら、こっちから行こうかな」
そう言うと男はヒョロ高い身長を活かしてドアの上に手をかけた。上の隙間から中に入るつもりらしい。鍵の部分に足をかけて登ろうとした時、そのジーンズに噛み付いて引き倒してやった。
「うわ! な…なんだ、狼クンか。今、君の飼い主を助けてあげるから、あっちに行ってなさい」
何が助けるだ、襲う気満々のくせに。
オレは全身の毛を膨らませ、キバをガチガチと鳴らしてみせた。ゆっくりと、逃げ道をわざと作って雑用係を壁に追い詰める。
「分かった…分かったから……」
ヤマトの居るドアの前をしっかり占拠した時、雑用係は隙間の逃げ道をするりと抜けてトイレから大慌てで出て行った。
フンッ
気持ちを落ち着けるために身震いをすると、首輪の音がトイレに響く。少しして個室のドアが開き、ヤマトの目が覗いた。途端にヤマトの匂いが強くなる。しかし、発情ってほどには強くない。
「ロキ…?」
ドアの外にオレの姿を確認すると、安心したのかドアを開けて出てきた。オレの首に抱きつくと、微かに震える手でしがみついてきた。苦じい…。
「来てくれて、ありがと」
声も少し上ずっている。何だ、まだ何もされていなかったのに、あんな奴が怖かったのか。
雑用係がアルファなら、再びヤマトを襲いに来るかもしれない。オレはヤマトを背中に背負うと、急いで車に戻った。
車の窓を締め切り、運転席と後部座席の間を仕切るカーテンを閉じる。あまり昼間は人型になる事は避けたいが、ヤマトが発情している時は別だ。
人間が姿勢を正す時のように、身体の形に意識を巡らせると、身体中がパキパキと音を立てて少し変形する。関節を伸ばしただけの狼…昼間はこの程度にしか変化出来ない。
狼でも人間でもない中途半端な毛むくじゃらの身体。目も当てられないほど醜い姿だが、唯一、顎関節を移動させる事で、ヤマトと会話が出来るようになることだけがメリットだ。
「発情…ではないようだが、どうした? 薬を飲めば治りそうか? それともオレが鎮めた方がいいか?」
各地の競技会巡りをする為に、車中泊の旅が出来るよう改造されている広い車内。窓にはスモークが貼られ、運転席の後ろは棚兼ベッドになっていて、棚には抑制剤が入っている。
出来ればオレの身体で慰める事はしたくなかった。オレはただの鎮静剤にはなりたくない。だが、ヤマトは俺の膝に跨り、首に腕を回して身体を擦り付けて来た。
すでにヤマトのジーンズのボタンが外れている。オレの手はデカくて細かい作業が出来ないことを知っているから、気を利かせたつもりか。
「ロキに酷いことしたから、怒ってるかと思って…準備してた。そしたら、彼に見つかっちゃって。僕は、ロキが居ないと何も出来ないね」
項垂れてみせるヤマトを抱えて、やるせない寂しさに苛まれる。何故オレが怒っているとセックスの準備をする必要がある?
オレがキレるとヤマトは発情してしまうから…つまりはオレが諸悪の根源ということか。
「オレが居なければ…オレの為に準備をしようと思わなければ、あの雑用係を引き寄せることもなかった…そう言いたいのか?」
「……え? 何…それ」
小さな口がポカンと開いたまま固まる。
「オレはお前にとって発情鎮静剤でしかない。居ても居なくてもいい存在どころか、オレがお前の発情を誘発し、襲われる確率を増やしている。だからあんな…命賭けの仕事をさせるのか…」
「ロキ…何言ってるんだよ…そんなわけ…!」
ヤマトはオレに掴みかかって否定したが、オレはその細い手を後ろ手に締め上げると、ロケ弁を食うのに使った割り箸を2本…ヤマトの口に横向きに突っ込んだ。
「鎮静剤が欲しいならくれてやる。咥えてろ……絶対に、落とすなよ」
最初のコメントを投稿しよう!