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AM11:00
「あ…はい!」
返事と共にヤマトは木に結わえたリードを解き、オレを連れてスタッフの元へ走る。
里山でのWeb用CMとあってスタッフは7名。ディレクター、カメラマン、音響、照明、衣装、メイク、雑用係…少数精鋭と言ったところか。
ヤマトを呼んだスタッフは雑用係で、他のスタッフと協力しつつオープンカーを持ち込んだり、立ち位置に印を付けたりと、ノッポな図体に似合わずチョロチョロと忙しそうに走り回っていた。地面に印が付いた位置にオレ達を案内すると、相模と交代して雑務に戻って行った。なかなか有能なようだ。
相模は雑用係を見送ると、ヤマトにオレの動きをどうするか相談し始めた。
「ここからこの山に登って、あっちのカメラの方へ走らせられる? 出来ればカメラをジャンプして飛び越えてもらえるとベストなんだけど」
仕事の話をしている時の相模は、厳しい面持ちでなかなか良い男だ。先ほどの頭の悪そうなチャラ男イメージとはかなりギャップがある。
「30分ください」
雰囲気に圧されたのか大和も真剣な表情で答えた。が…30分だと⁈ オレを舐めてるのか? その程度の動き、1度テストをすれば完璧に演じてみせるわ。何で30分も要求する必要があるんだ。
ムカつくオレに大和が耳打ちした。
「普通の犬っぽく演技して…」
はぁ?
何でそんな面倒なこと…と思ったが、小動物のようのような困り顔でお願いされたら、拒否出来ない。
クッソ…犬のフリをするのも仕事のうちか。
渋々、暑さで萎える気持ちに鞭打って3回も同じ動きを繰り返した。
カメラテストも問題無く、次はやっと本番撮影と思いきや、相模がポツリととんでもねーことを口にした。
「凪クン、ロキクンの口閉じられる?」
オレは汗が出にくい。手のひらに少し汗腺があるが、体温調節出来るほどではない。だから口で呼吸をする"パンティング"という方法で、口の水分を蒸発させて体温を下げている。つまりこの暑さの中で口を閉じろというのは、死ねと命じるに等しい。
相模め、何を言いやがる、訓練士として犬科を熟知している大和がそんなこと了承する筈が…
「分かりました。割り箸ありますか?」
オレの信頼は1秒で打ち砕かれた。
雑用係君から割り箸を受け取り、横にしてオレの口奥へ突っ込むと、首に腕を回して囁いた。
「絶対に落とさないで……」
冗談かと思ったが、ヤマトの目はマジだった。真剣で、不安で…でもオレを信頼している目。
チッ……そんな顔されたら、漢を見せたくなっちまうじゃねーか。。。
割り箸の隙間から呼吸をするが、熱がこもって体温が上昇していく。さらに短距離とは言え走ってカメラを飛び越えなくてはならない。
ヤマトがスタート位置でオレを伏せさせマテをかける。50mほどヤマトが先に山道を降り、カメラが回ってから「コイ!」と呼ぶ。オレは山道をいっきに走り降り、最後にカメラの上をジャンプしてヤマトの足元へ走り寄った。
何の問題も無く、完璧に出来た…と思ったが、何が気にくわないのか、同じ事を何度もやらされた。
その都度、ヤマトはオレを連れて共に50mの山道を登り、マテをさせて先に降りる。本当ならオレ1人でも出来る簡単な仕事だが、そこはヤマトも一緒に動かないと、オレが異常に賢い犬に見えてしまう。
暑さの中、割り箸を咥えているオレの方が圧倒的に大変ではあるが…オレを普通の犬に見せる為、ヤマトもなかなかに大変な演技をしてくれていた。
何回50mを往復しただろう。やっとOKが出ると、ヤマトはオレの口から割り箸を取り出し、自分の水分補給は後回しにして、すぐに氷入り水バケツを持って来た。
冷たい水を飲んで少しは体力・気力ともに回復するも、撮影中のため頭から突っ込むわけにもいかない。暑さと、バカバカしいほど簡単過ぎる仕事に萎えたオレはその場にへたり込んだ。
「ロキ⁈」
駆け寄るヤマトの膝に顎を乗せると、ヤマトの腹がグルグルと音を立てる。そろそろ12時か。腹時計が鳴っているぞと顔を見やると、額に汗を浮かべながら恥ずかしげに笑った。
「ちょっと休憩を提案してくる」
今撮影した映像を確認している相模と話をすると、ヤマトは雑用係から緑茶のペットボトルとロケ弁を受け取って帰って来た。
「お昼にしようか」
そう言うとヤマトは、やっと一口、緑茶を口にした。
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