PM12:00

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PM12:00

 車に戻ってエンジンをかけ、クーラーを最大にする。2時間前は木陰に停めた筈が、太陽が動いてすっかり日向になってしまっていた。ヤマトにとっては大した暑さではないかもしれない。でも全身毛皮に覆われているオレにとっては、5月の太陽でも命に関わる暑さだった。  ヤマトは車を少し前の木陰に移動させると、クーラーボックスからオレのオヤツを取り出し、自分も弁当を開いて昼食にした。  オレのオヤツは、凍らせた生のモミジだ。モミジというのは鶏の足のことで、大型犬のオヤツということだが、オレからすればミニアイスバーってところだな。  カチカチに凍ったモミジを3本、バリバリ食うとヤマトは笑った。 「せんべいみたいに食べるね。もう少し味わって食べなよ」  実際、人間にとってのせんべい3枚くらいに等しい。それに、オレには味より食感の方が大事だ。  すぐに食べ終わってしまい伏せて待っていると、卵焼きを鼻先に持ってきた。オレの方を見てニコニコしているが、身体の為にもヤマトが食った方が良い。卵焼きは良い匂いがして美味そうだが、そっぽを向いてグッと我慢した。 「え、ロキ要らないの? 病気? 大丈夫⁈」  慌てて弁当を置いてオレの全身をチェックする。こういう時に人語を話せたらと思う。1人で暮らしていると話す必要なんて無いのだが、誰かと一緒に暮らすとコミュニケーションをとる必要性が出てくる。  オレは狼時には話せないので、ヤマトの置いた弁当を鼻でつついて目を見るくらいしか出来ない。だがヤマトは、この程度なら言葉を話さなくても、視線や身体の動きを読んで話が通じる犬の訓練士だ。 (お前が食え) 「えー、弁当の卵焼きって嫌いなんだよね」  可愛い顔を溶けたアイスのように崩して不服そうに呟くヤマト。嫌いだからオレに食わせようとしたのかよ。オレは生ゴミ処理機かよ。  ヤマトは不味そうに卵焼きを食べ、時間を気にして他のおかずもかき込むように食うと、すぐに撮影に戻った。  車から現場に戻ると、他のスタッフも昼食タイムが終わったところだ。 「凪さん、ゴミは無いですか?」  雑用係がヤマトに近付いて来る。30cmほどの距離まで近づいたので、ヤマトに甘えるフリをして間に割って入ると、雑用係は慌てた様子で1歩後退した。犬が苦手みたいだな。 「ゴミは車に置いて来てしまいました。食べ残しも無いので、多分大丈夫です。ありがとうございます」    にこやかに対応するヤマトに、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべる雑用係。  シッシッ、あっちへ行け。  雑用係なんかに用は無い。  人間で言うところのガンを飛ばすと、可哀想に、爽やかな笑顔を引きつらせて離れて行った。  木陰に入り水を飲むも、昼過ぎになりさらに気温は上がってきた。真夏と違って空気が熱くないのでまだ生きていられるが、黒は辛い。今日は35℃超えてるんじゃないか?  次のシーンは、オープンカーの影に隠れているヤマトの側まで行き、ストローで息を吹きかけられる…というものだ。鼻先に強く息を吹きかけられると、ゾワゾワして身震いをしたくなる。  問題は割り箸だ。気温が気温だけに不安そうなヤマトだったが、本番直前にやはり割り箸を口に突っ込まれた。  全身を震わせるシーンは走るシーンよりも苦戦した。くすぐったいので先に手や足が出てしまう。足で耳を掻いてしまうと撮り直しだ。  何とか撮影は終了したが、相模がOKを出す頃には、オレは熱がこもってフラフラになっていた。 「ロキ、車まで頑張って…」  支えられて何とか車まで戻ると、ヤマトはクーラーボックスから凍らせたペットボトルを何本か取り出して、倒れ込んだ俺の脇や股座に挟み込んだ。窓を開けてクーラーを全開でかけ、携帯用の扇風機も2つ最強で点けてくれた。  まだ初夏なのでわりとすぐ車内の温度も下がり、辛い撮影ではあったが、少し冷やせば回復してきた。  頭がスッキリして来ると急に、ヤマトへの疑問が込み上げて来る。例えば真夏だったとしてもやらせたんだろうか。オレの命を危険にしても……。  ヤマトを恨めしそうに睨むと、覆い被さってきて、抱きしめられた。 「ロキ、無茶をさせてごめん。しばらく休んでて。ひょっとしたら、もう一度撮るかもしれないからって、まだ帰れないから。ちょっと水汲んでくる…」  オレの頰にキスをすると、バケツを持って車を出て行った。
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