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艶華咲く夜
「お前の実家はスーツ屋じゃなかったか?」
「はい。これは兄からのおさがりです。撮影で買い取りしたけど使わないからって」
七月の金曜日、定時で退勤してきた佳史は牧瀬の部屋で、牧瀬に言われるがままに浴衣を羽織っていた。
「へえ……いい柄だけど……お揃いって……」
薄く格子の入った柄は粋でカッコいいが、それが牧瀬と同じでしかも一緒に花火を見に行く、となれば少し恥ずかしい。
「誰も気づきませんって。色は違うんだし」
確かに牧瀬の言う通り、佳史は紺色、牧瀬は黒だ。帯も佳史は紫、牧瀬はグレーがかった白と違う。多分仕上がって並んだ時、ぱっと見ではお揃いとは分からないだろう。
「けどな……Tシャツでもいいんじゃ……」
「だめです! 佳史さんと花火見に行くなら絶対浴衣って決めてたんです」
牧瀬が佳史の後ろに回り、ぎゅっと帯を締める。帯の結び方もネットでマスターしました、と相変わらずの爽やかな笑顔で言われたので、佳史はこれ以上言うのをやめた。
佳史だって牧瀬と花火を見たい。浴衣姿だって見たい。それにやっぱり、牧瀬には笑顔でいてほしいのだ。
「できました! やっぱり似合うなあ」
ほらほら、と寝室まで手を引かれ姿見の前に立たされる。鏡に映る自分は心なしか背筋が伸びていた。自分の後ろで微笑む牧瀬の顔を見れるのなら、確かに悪くない。
「じゃあ、牧瀬も……って、おい、牧瀬!」
まだスーツ姿の牧瀬に着替えるように言おうとしたその時、佳史の襟の合わせに、肩の向こうからするりと牧瀬の手が入ってきて、佳史は驚いて振り返った。
「佳史さん、めちゃめちゃキレイ」
「キレイに着つけたんだから、崩すな」
「平気です。おれ、着つけマスターしたから、何度でも着つけてあげられます」
そう言って牧瀬が佳史にキスをする。扇情的に動く舌先に佳史がうっかり、ん、と甘い声を漏らしてしまうと、牧瀬の目が嬉しそうに細められた。
牧瀬は佳史にキスを施しながら浴衣の中に手を差し込む。薄い生地越しに胸をまさぐられ、反応した小さな突起に牧瀬の爪が軽く触れる。
「んっ……だめ、牧瀬……花火……」
「まだ平気です。それよりもこっちが平気じゃないでしょ」
牧瀬の手が佳史の裾を割り、下着の上から中心を撫でる。既に傾きかけていたそれがびくりと震えた。
「お前が、触るから……!」
「嘘です。キスだけでこうなったんでしょ?」
耳元で囁かれ、背中に甘い衝撃が走っていく。牧瀬の言うことは正しいから反論できない。
キスだけで……いや、多分鏡越しに牧瀬に見つめられただけで、体はその温度を上げていた。
「ホントもう……お前、嫌い」
言いながら佳史が牧瀬を甘く睨む。
「うん。知ってます。佳史さんのそういうところが、大好きです」
牧瀬は佳史の唇にキスを落とすと、再び手を動かし始めた。爪でカリカリと引っかかれた両の乳首はつんと尖り、浴衣をほんのり押し上げている。鏡に映るそれが恥ずかしくて、佳史は横を向いて目を閉じた。
「佳史さん、自分でも見てよ。佳史さんの体、こんなに可愛くてキレイ」
牧瀬は言いながら佳史の浴衣をはだけさせ、胸を空気に晒す。そのまま二つの乳首を、指をこすり合わせるように愛撫した。
「バカ、やっ……あっ」
佳史は背中を反らせ快感を逃がそうとするのに、立ったままだからか上手くできない。牧瀬にねだる様に更に上を向いた乳首を、牧瀬の指が今度は可愛がるように捏ねる。
「あっ、やっ……牧瀬……」
「ん? こっちもですか?」
乳首から手が離れたかと思うと、今度は太ももからゆっくりとその手が中心に向かって這っていく。下着の中に手を入れられ、その指先が直に中心に触れると佳史の体がびくりと跳ねた。
「ちがっ……だって、花火……っ」
「見に行きたいんだ、佳史さん」
「お前が、行くって……!」
牧瀬が耳元で囁きながら、佳史の中心を緩く扱く。足元にぽたりと先端から零れた蜜が滴った。
「おれが行きたいから、行きたいって言ってくれるんだ、佳史さん」
「違う……! 俺は……っ、ん、あっ」
牧瀬が行きたいと思うところに一緒に行けたら楽しいだろうと思っただけだ――そう言い切ることが出来なかったのは牧瀬が急に手を速めたからだ。
「佳史さん、ホント可愛い。時間ないから我慢って思ってたけど、やっぱり無理です」
「無理って何……え、あ、ちょっ……」
牧瀬が手早く佳史の浴衣の裾を腰までたくし上げる。曝された下着を乱暴に引き下げると、そこに牧瀬の腰がぴたりと貼りついた。
「や、無理って、こっちが無理だろ」
「少しずつ入れますから」
「そういう問題じゃ……いっ、んっ…!」
牧瀬の濡れた先端が佳史の蕾をこじ開けようと、ゆっくりと進む。確かに何度も拓かれた場所だから、開きやすくはなっているけれど、こんな急にされるなんて無理に決まっている。
「牧瀬、やだって……怖い、から……」
「……じゃあ、ゆっくりしますか? 花火、間に合わないかも」
牧瀬の言葉に佳史が唇を噛む。それから振り返って、そっと口を開いた。
「……協力するから」
佳史の言葉を聞いた牧瀬はすぐに佳史を抱え上げベッドへと向かった。
佳史が牧瀬に見つめられながら自分で開いた後孔に、牧瀬の楔が深く突き立てられている。浴衣の帯は解かれないまま胸と裾を大きく開かれた姿は、裸よりも恥ずかしかった。けれど、その姿を牧瀬が嬉しそうに眺め、めちゃくちゃ興奮する、と言葉にされてしまっては、脱がせて、とも言えなかった。羞恥心よりも、牧瀬の笑顔を取ってしまう自分は、相当牧瀬のことが好きらしい。
もう、牧瀬のことを変態だなんだと罵ることはできないようだ。
「佳史さん……好きです」
牧瀬は佳史を抱きながら、いつもそう囁く。囁きは優しいけれど腰の動きは激しいから、佳史はいつもそれに頷きでしか答えられずにいる。今日もその例にもれず、佳史の口からは意味をなさない声だけが出ていった。
「んっ、ま、きせ……」
俺も、の代わりに牧瀬の首に腕を回したその時だった。窓の外が一瞬明るくなって、佳史は窓に視線を向けた。窓の傍にベッドがあるというのにカーテンもせずに抱き合っていたのだから、佳史は少し焦った。
そして更にドーン、と地鳴りのような音が響いて、佳史は驚いて上半身を起こした。
「な、何……」
「大丈夫です。窓、見てて」
佳史の体を抱き寄せた牧瀬が窓に視線を向ける。佳史もそれに倣って窓を見やった、その時だった。また、窓の外が光った。それも、赤く、華やかに。
「花…火……?」
「はい。うち、マンションとマンションの隙間から見えるんです」
「え、じゃあ……ここでもよかったんじゃ……」
「でも、出かけるって言わないと、浴衣着てくれないですよね」
にっこりと微笑まれ、佳史は呆気にとられた。
「……騙された……」
「え、騙してないです、ホントに出かけようと思ってたんです! まあ、帰ったらこうするつもりでしたけど」
まだ繋がったままの腰をぐいと引き寄せられ、佳史が喉を鳴らす。
「バカ牧瀬! 俺は……お前の浴衣、結構楽しみにしてたのに……」
佳史が牧瀬から視線を逸らす。
本音だった。いつだって、何を着たってカッコいいと思う恋人が、浴衣を着たらどれだけカッコよくなるだろうって、期待していた。見てみたかった。佳史にだって、そのくらいの欲望はある。
「……調べます! 次、花火大会あるところ! その時は絶対二人で浴衣で見に行きましょう!」
言いながら牧瀬がぎゅっと佳史を抱きしめ、どさりとベッドへ佳史を押し倒す。佳史はそうされながら、笑顔で頷いた。
部屋の中に緑の華が咲いて、牧瀬越しにそれを見上げる。
「キレイだな、花火……」
「佳史さんに映る花火もキレイですよ」
「ばーか」
答えてから、ふっと笑い出す。それを見て、牧瀬も微笑んだ。
「好きです、佳史さん」
艶やかな華の大輪が、部屋にいくつも咲いて二人の陰を彩る。
それを見た佳史は、こういうのも悪くないか、と牧瀬から降るキスを受け止めながら、目を閉じた。
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