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「……おい、御霊谷、聞いてるのかっ?」
その声に驚いて我に返ると、眼前の教師が、手にしたものを突きつけてきた。
「今朝学校にこれが届いたんだがな」
「あ、それ、俺の……」
見れば、実嗣がなくしたパスケースである。雨でドロドロになってはいるが、愛用の品を見まごうはずがない。
中に学生証も一緒に入っていたので学校に届いたのか。
これを失くしたせいで、今朝はえらく苦労させられたのだ。
正直バスに乗るのに定期がないのがあんなに不便だなんて思いもしなかった。
降りる段階になって財布の中に小銭がないのに気が付いて……間際に両替したら後ろの奴から顰蹙をかってしまった。
帰りには気をつけねぇとな。
昼に購買でパンを買うとき、札を出して小銭を作っとくか。
そこまで考えて、定期が出てきたのだから必要なかったっけと思い至り、一人苦笑する。
「サンキュ。それが無くて今朝、すっげぇ苦労してさ」
実嗣にしては珍しく、礼を述べながらパスケースに手を伸ばすと、寸前で引っ込められた。
「……オイ! 何の真似だよ!」
それは俺のだ!
三白眼のせいで普通にしていても睨んでいると誤解されがちな目を更に細めて教師を睨みつける。
「まぁ、落ち着け」
そんな実嗣の視線をものともせず柔らかい声音で制すると、教師はおもむろにパスケースを開いた。
「これなんだけどな」
レンタルビデオショップの会員証を指し示して声を低める。
「?」
それがどうした?
担任の意図が解せない実嗣は一瞬きょとんとしてしまう。
まさか会員証を貸せというわけではあるまい。叶利と違って身分証明の出来る日本国民――しかも大人――なんだから、ビデオぐらい自分で借りればいい。
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