01「無常」

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01「無常」

 愛しい君に、何よりもまず真っ先にお伝えしたいのが、この「無常(むじょう)」だ。  無常とは読んで字のごとく「常」が「無い」――この世界には常に一定で変化しないものは何もないという意味だ。  本当にそうか、ちょっと想像してみて欲しい。  時間は刻一刻と変化しているよね。  空に浮かぶ雲も風も絶え間なく流れているし、草木も四季の移り変わりとともにその姿を変え、月の動きにあわせて海面の高さも上下する。  変わらないように見えるあの建物もしっかりと経年劣化しているし、地球も太陽の周りを一年かけて回り、宇宙は膨張し続けている。  君自身もそうだよ。  新陳代謝や細胞分裂を繰り返して常に変化し続けている。  身体だけではなく、趣味も悩みも喜びも、友達や環境も全てが変化してきたはずだ。  本当に、この世界に変化しないものなんて一つもないんだ。  この考え方を深く理解することが君にどんな幸せをもたらすのか。  お品書きは次の通りだ。  1 あらゆる苦しみを軽減できる  2 余計なトラブルを減らすことができる  3 瞬間を大事にできる  一つ一つ見ていこう。 1 あらゆる苦しみを軽減できる  僕たちは苦しいことがあると、こんな状況がいつまで続くのかと不安にかられたり、早くこの状況から逃れようと焦ったりして、必要以上に自分自身を傷つけてしまう。  その結果、心配や不安に押し潰されて心を病んでしまったり、眠れない夜を繰り返して体調を崩してしまったりする。  この世界は無常なのだから、どんなに苦しいことも絶対にずっとは続かない。  いつか必ず終わりがくるものだと思えれば、苦しみ過ぎなくて済むんだよ。  たとえば品性の欠片もない同級生や無駄に年を取っただけの底の浅い教師と同じクラスになったとしても、『来年にはクラス替えだ』と思えれば少し気持ちが楽になる。  キツい仕事をしているときでも、勤務時間が終わるまでの辛抱だと思えれば耐えられる。  親の介護も、きっとあと数年だから、その間だけの親孝行だからと思えればなんとかやっていける。――これを終わりが見えないものだと悲観してしまえば、耐えられなくなってしまう。  無常という考え方を一つ持てば、君は決して絶望に飲まれない。  どんなに苦しいことも、いつか必ず終わるときがくるのだから。 大切な人をなくしてしまったとき  絶望しがちなイベントの最もたるものといえば、大切な人をなくしてしまったときだろう。  耳に残る声や手に残る感触などを思うと尋常ではない喪失感にかられるものだけど、そんな苦しみだって時間とともに必ず変化していくものだからね。 『この胸にあいた穴を埋めることができるのはあの人だけだ』とか、『死ぬまでこの絶望は消えない』とか、自分を煽(あお)り続けて心を壊してしまう人がいるけど、本当に気の毒だ。  大丈夫だよ。  人類が始まって以来、世界中の何百億人という人たちがこの苦しみに耐え、大切な人が消えた世界を生きぬいてきたんだからね。  だからパパが突然死んでしまっても、君は悲しみ過ぎないでいてね。  絶対に大丈夫だから。  普通に笑える日が来るから。 2 余計なトラブルを減らすことができる  僕らの感情も無常だ。  朝には『こんな世界なんか消えてなくなってしまえ!』と思うほど機嫌が悪かったものが、夜には『この幸せをみんなに分けてあげたい』と思ったりするなど、一日の間でもコロコロと変化し続けて一定ではいられない。  誰もがみなそんなものを抱えていると思えれば、他人にも自分にも、少しおおらかになれるよね。  ちょっと誰かに不愉快な思いをさせられたとしても、『あら、今日は機嫌が悪かったのかしら』と優雅にも見逃して差し上げることができたり、『この不愉快な気持ちもどうせすぐに変わりますわ』と自分の中におさめることもできる。  これを読んでいる今、君も電車を利用するようになっていれば、いわゆる「お客様同士の車内トラブル」を目撃することがあったかと思う。  パパは高校生になって以来、通学も通勤もずっと満員電車に乗っていたので、愚劣な大人たちの醜態をイヤというほどたくさん見せつけられてきた。  背中を押されたとか鞄が顔に当たったとかくだらない理由で喧嘩を始めるんだけど、そもそも満員電車に乗らなければ接近することも触れ合うこともなかった他人同士が、どうして意図的に攻撃されたとか思えちゃうんだろうね。 『この混雑も不快感もずっとは続かない。目的地につけば終わることなんだから、あとちょっとだけ我慢しよう』  無常という言葉を一つ知っていれば、あの人たちもこんなふうに理性的な思考ができただろうに。  人間なのだから状況に応じて、人生がより豊かになるように頭を使っていこう。  パパとママは付き合ってからずっと大の仲良しだけど、この笑顔と喜びに満ちたありがたい日々を送っていられるのは、お互いに見えないところで許し合っていることがたくさんあるからだと思う。  無抵抗な人間になる必要はないけれど、くだらないことで余計なトラブルを生み出す必要もない。  大抵のことは数年経てば忘れてしまうことばかりなのだから、取るにたらないことは「無常、無常」と自分にいい聞かせ、相手にせず気高く生きよう。 3 瞬間を大事にできる  この世界が無常だと思えれば、今君が付き合っている友人も、住んでいる場所も、ハマっている趣味も、全てがとても貴重なものだと思えるはずだ。  何もかもいつか必ず変わっていってしまう、かけがえのないものばかりだからね。  人間って悲しいね。  何かが起きればすぐに崩れてしまう足下の幸福より、今日一日嫌な人に傷つけられないようにと目先の不幸にばかり気を取られてしまう。  失ってからその価値に気付くなんてことはよくある話で、後悔をしないためにも今この瞬間を存分に味わい、楽しみ、感謝して生きよう。  うれしいことも楽しいことも、全ては二度とやってこない一瞬の光だからね。  パパもこの半年間、君のおかげでとっても幸せだったよ。  初めて物をつかめたとき、笑ってくれたとき、ハイハイをしたとき――貴重な瞬間を一緒に過ごすことができて、最高にうれしかった。心から感謝している。  2019年の今、毎月のように親が子供を虐待して殺してしまう事件が報じられているけど、可哀想でならない。  きっとみんな無常を知らないから、苦しみを軽減することも、余計なトラブルを避けることも、瞬間を大切にすることもできなかったんだと思う。  パパも大人になってから「A先生」というお坊さんと知り合って教えてもらったことだけど、もっと早くに知っていれば良かったと思うことが本当にたくさんあるよ。  ちなみにこの「無常」、いつぐらい昔に、誰がいった言葉だと思う?  ――答えは2500年以上前、仏教の開祖であるお釈迦様(おしゃかさま)がいった言葉だ。  紀元前のことなのに反証されて潰されることもなく、今も変わらずに語り継がれているなんて本当に凄いよね。  無常は有常(うじょう)。  言葉遊びのようだけど、永遠に続くものがあるとしたら、それは無常だけだ。  正義も悪も時代とともに変わってしまうけど、無常だけは変わることがない、永久不変の真理として世界中のあらゆる時代のあらゆる人たちの心を支え続けてきた。  日本でも西暦552年に仏教が伝来して以来、ずっと大切にされてきた。783年頃の万葉集、1212年の方丈記にも書かれているから、君も学校の教科書などで見たことがあるかもしれない。  飢饉のとき、天災のとき、戦争のとき、日本でもどれだけたくさんの人たちがこの言葉を胸に耐えがたい苦しみの中を生きぬいてきたのかと思うと、残酷なようでなんて優しい言葉なんだろうと思うよ。  この世界って本当に無常なんだ。  何もかもが変わっていく。  変わっていくからこそ恐れずに、後悔しないように、かけがえのない君の人生を思う存分に楽しんでくれ。
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