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古ぼけた、鉄筋コンクリート製の建築物。
カビの生えた大きなチーズを思わせる、六階建ての二階に位置するワンフロアーをテナントとして借り受けて早四年半。
看板に偽りなし!のはずなのだが、肝心なその文句が胡散臭くてイマイチ客足が思わしくない。
【霊媒師 怪異に関すること、全て賜ります。除霊OK。分割払いも受け付けます】
「世の中そんなに平和とも思えねぇがなぁ」
ぼんやりと窓外を見遣りながら、三白眼の青年が溜め息交じりにそうつぶやく。
梅雨時ということもあって、空はどんよりと鈍色に染まり、湿り気を帯びた重苦しい空気の合間を縫うように、糸みたく細い雨が地面を濡らしている。
路上には、様々な色の傘が花を咲かせていた。
「マスター、そんなことぼやいてる暇があったら掃除でもしたらどうですかい?」
部屋の中央に位置するデスクの辺りから半ば呆れたような声が掛かる。
見れば、机の上にどっかと胡坐をかいた男が一人。
一人――?
いや、よく見れば耳が獣のそれのようだし、ご丁寧にフサフサと毛の生えた尻尾まで付いている。おまけに目の下からあごにかけて左頬を縦断する傷痕まであるのだから何とも面妖だ。
「叶利、お前は俺の何だ?」
フンッと鼻息も荒く、窓辺に立つ青年が問い掛けた。
「何って……『使い』じゃないですかい。お忘れになったんで?」
きょとんとした顔で、叶利と呼ばれた半獣人が答える。彼、実は日本狼の妖しである。
彼と、窓辺の若者の関係は、というと主人と従者と言ったところだ。
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