師走

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「騒がしいことが多いですよね。ちゃんと眠れました?」 「うん、そりゃいいだよ。あたしゃあね、すーぐ寝えっちゃうだもんで。なんにも困ることはないだけんね、あんたっちん大変だらえって思うだよ」 「大丈夫。千代さんがそうやって優しい言葉くれるから、私っちも頑張れます」 「ほうかえ。そんだけんね、あんた疲れた顔してるだよ」 「彼氏に会うのん嫌だもんでね、色々考えてたですよ」  茉紀といる時も、時々方言が出るけれど、今の時代静岡だって標準語が主流になりつつある。けれど、こうして高齢者と話していると、方言が強くてこちらもつられてしまう。  私は、お茶を出しに千代さんの元に来ただけだったけれど、車椅子の横にしゃがみこみ、千代さんと目を合わせて会話を続けた。 「なんだえ。彼氏と喧嘩でもしただかね」 「ううん。喧嘩はまだしてないですけんね、喧嘩になりそうなの」 「ほうか。威張る男はダメだよ。あんた、器量がええだもんで貰い手ん、たんとあるら?」 「そうでもないだだよ。いい人ん貰ってくれりゃあいいですけんね」 「あたしもお父さんが威張る人だっけもんで苦労しただよ。うちは農家だっけもんでの、朝から晩まで働いて。ほれ、手もこんねぇ真っ黒くなっちまったしの。あんたみたいに若い衆に見せるにゃ、恥ずかしいよぉ」  そう言ってけっけっと笑うけれど、その度に上下の義歯が当たってカチカチと音が鳴る。その様子を見て、一緒になって笑ってしまった。 「一さーん、ちょっと手貸してー!」  遠くから職員の声が聞こえて、「あ、千代さん! 私呼ばれちゃったのでちょっと行ってきます」と断って、職員のもとへ向かった。  便失禁で、とんでもないことになっている服やらシーツやらを一緒に交換し、千代さんの元へ戻ってくる。 「あ、何だや。あんたのこと見たことあるよ。器量のいい子だね」  にっこり笑う千代さん。十数分前まで一緒に喋ってたけんね。そう思いながら「千代さん、私誰だっけ?」と聞いてみる。 「誰だっけかやぁ。顔は見たことあるだよ」 「そうですね。ま?」  頭文字だけヒントを与えてみる。 「ま……まきちゃんかや?」  そりゃ、私の親友だ。 「ちょっと違う。ま?」 「まー……まどかちゃんかえ?」 「そう! 正解!」  そう言って千代さんの両手を握る。千代さんは、またカチカチいわせながら笑った。  毎日こんなやり取りをしている。笑いすぎて義歯が飛び出てきてしまい、それにまた笑わせてもらいながら、仕事に戻る。  大変な仕事だけれど、千代さんを見ていると頑張れた。たくさん笑わせてもらって元気を貰う。仕事中はこんなことをしながら、雅臣のことから目を背けることにした。  忙しい日々を過ごしていれば待っていなくても時間は過ぎていく。  どうせなら23日なんてこなければいいと思うのに、これが終わらなければ24日のあまねくんとのデートもこない。  私は、とうとうやってきてしまった23日に身構えながら、彼の迎えを待った。  雅臣と会うは、いつも通りの2週間ぶりくらいだ。  彼と会った後に、あまねくんと花鳥園に行った。雅臣よりもあまねくんと会っている頻度の方が高い。会いたい気持ちもあまねくんの方が上なのだから仕方のないことでもある。  雅臣の車に乗り込み、レストランへ連れていって貰った。オシャレなフレンチだった。  中はカップルだらけだったが、夜景の見える窓側の席が予約されており、雰囲気は最高だった。何てクリスマスらしい情景なんだろう。付き合いたての頃に、こんなふうに扱ってほしかったなと思うが、そんなことは今更だ。そうも言わなかった私も悪い。
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