師走

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「綺麗なところだね。ここ、初めて来た」 「うん。夜景が綺麗だって聞いたから、予約しといたんだ。24、25はすぐに埋まっちゃうみたいだし、今年は23日も日曜日だから予約の電話も多かったみたいだけど、ちょうどキャンセルが出てこの席とれたんだ」 「そっか。1番いい席かもしれない」 「そうだね。今までこういう機会もなかったから、たまにはいいよね」 「うん。ありがとう」  機会がなかったんじゃなくて、作らなかったんじゃないか。そうは思うけれど、この場でわざわざ言うことでもない。  今日は、結婚について聞こうと思って来たんだ。まだ核心に触れてもいないのに、ここで文句を言うわけにもいかない。  言いたいことを言うのと、喧嘩を売るのとは違う。どんな言い方をしようと、今回この場を設けてくれたことは彼なりの誠意なわけで、その行動を蔑ろにするような発言は、私だってするべきではない。  コース料理が運ばれ、珍しい料理を食べる中、いつものように彼の仕事の話や、最近の買い物についても聞いた。  いつも私は、彼の話を聞くばかりで、自分の話はあまりしない。彼も時々しか聞かないし、少し話してもすぐに彼の話に切り替わってしまう。  結婚の話をしなくちゃ。そうは思うのに中々切り出せなくて、適当な相槌で場を繋ぐ。  何とかして話をもっていかなきゃ。そう思うのに、彼のペースに流されてしまう。  私は、何とか流れを変えなければと思い、1度化粧室へと席を立った。  オシャレな化粧室の大きな鏡の前で深呼吸をしてから戻る。  よし、席に着いたら私から結婚の話を切りだそう。そう思いながら席に戻った瞬間、「そう言えば、茉紀ちゃんの子供の写真送ってくれたよね?」と彼が先に口を開いた。  一瞬の隙を突かれた気分だった。これでまた言い出すタイミングを失ってしまった。 「うん。麗夢ちゃんね」 「可愛かったね。暫く茉紀ちゃんにも会ってないなって思ってさ。変わりない?」 「うん。ちょっと雰囲気は落ち着いたかな。中身は昔と全然変わってないけど」 「へぇ。最近の写真とかないの?」 「この前家に行った時、麗夢と撮ったのならあるよ」 「見せてよ」 「いいよ」  何気なくそう返事をしてはっとする。バッグを取る手を思わず止めた。 「どうしたの?」  雅臣は、首を傾げてこちらを見た。あまねくんが「何があるかわかんないから」と言って雅臣の浮気の証拠写真データを全て移してくれた。あの時、彼が提案してくれなかったら、写真は入ったままだった。 「ううん、何でもない」  私は、笑顔を作って写真のフォルダを開いた。  あまねくんと行った花鳥園では、写真を撮らなかった。本当は、彼と一緒に写真を撮りたかったし、思い出として花も鳥も写真に収めたかった。  けれど、年甲斐もなくはしゃいでいると思われたらカッコ悪いと思い、写真に残すのはやめた。彼もスマホを出すことなどしなかったし。  一緒に中を回るだけで楽しかったし、時間もあっという間に過ぎていった。カメラを構えている時間が勿体ないと思えるほど、肉眼に彼の姿を焼き付けておきたかった。だから、私の写真フォルダの最新画像は、大塚さんの結婚式の時のものでそれに続き麗夢と茉紀になっている。 「これかな」  麗夢を抱いている茉紀の写真を開いて彼に見せる。彼の目の前にかざしたのに、彼は私からスマホを奪い、画面をじっと見つめた。 「確かに雰囲気変わったね。茉紀ちゃんも髪黒くしたんだ」 「うん。今は黒髪がマイブームなんだって」 「へぇ。昔からショートだったよね」 「そう。伸びてくるとすぐに切っちゃうんだよね。長いのを維持するのが大変とかで」 「ふーん」  空返事で、彼は指で画面をスライドさせた。何となく予想はしていたけれど、やはり画像を探しているのだろう。  数枚スライドさせて、今度は反対に画面を捲る。探したところで目当てのものなど入っていない。早々と指を移動させる彼から、必死さが伝わってくるようだった。
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