師走

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 レストランから出て、エレベーターに乗り込む。  1階についたのを確認して早々と出口を急いだ。入り口が違ったから気付かなかったが、ここは大塚さんの披露宴をしたビルと同じところだったようだ。  結婚の話をどう切りだそうかずっと考えていたため、エレベーター前のホールを見ても気付かなかった。最上階から降りてきた私を追いかけてくるつもりなのか、あそこに残るつもりなのかはわからないが、とにかく彼に捕まりたくはなかった。  駅の近くのビルだし、駅まで歩いてタクシーを拾おう。  タクシー代、財布の中にあったかな。  そんなことを思っている内に、右頬を涙が伝った。思っていたよりも早く溢れた涙にハッとする。  すぐに飛び出してきてよかった。あんな人の前で泣いたところで、何も解決はしない。アイツの前で涙なんて見せたら、自分の方が立場が弱いみたいで癪だから。  クリスマス前の街中は賑やかで、カップルだらけだ。腕を組んだり、手を繋いだりしていて楽しそうな中、泣いているのは私だけ。  クリスマス目前にして振られた人間に見られているような気がして、恥ずかしくなる。  きっと周りのカップルは、自分達のことに夢中で私の姿など目に入っていないだろう。それなのに、周りの目を気にしている私はやはり滑稽で惨めだった。  涙を止めたいのに止められなくて、タクシーの中で泣くのも躊躇い、私は真っ直ぐ駅へは行けなかった。  もしかしたら、追いかけてきた雅臣が駅に向かうかもしれないし。  泣いていることを悟られないように、下を向きながら歩く。それすら、不自然に見られないようにスマホを取り出した。  画面を表示させれば、丁度雅臣から電話がかかってきた。  当然、出る気なんてなくて、画面を見ながら電話が切れるのをじっと待つ。  長いこと表示されていた着信画面が消えたと同時に、サインを開く。  雅臣からメッセージが届いているようだったが、既読を付けるのも嫌で、開くのはやめた。その下にはあまねくんとのトーク画面。彼は今日も休日出勤で忙しいと言っていたし、彼からのメッセージは来ていなかった。  欲しい人からの連絡はこないのに、話したくない雅臣からの連絡は絶えない。  スマホが震える度、恐怖に似た嫌悪感が募る。この電話に出たらなんて言われるんだろう。次回、別れ話をする時には今回のことをどうやって責めてくるのだろう。そう考えると、もう会いたくなければ、連絡も取りたくなかった。  あまねくんとのトーク画面を見ながら、彼に会いたいと願った。  明日になれば彼と会える。お昼過ぎに行くと言われているのだから、それまで家で待っていればいい。ケーキも作ろうと思って材料を買ってある。  午前中から焼き始めて用意すればいい。明日になれば楽しいことはいくらでもある。わかっているけれど、明日よりも今傍にいて欲しかった。  また前みたいに偶然あまねくんが通りかかってくれればいいのに。そう思うのに、思っている時には現れない。  あまねくんに会いたい。  会って何が言いたいわけでもない。話を聞いて欲しいわけでもないし、早くクリスマスがしたいわけでもない。  ただ傍にいて、笑顔が見たかった。あの綺麗な顔で笑って欲しかった。せめて声だけでも……。視線は自然と通話ボタンに向かう。  これを押せば、あまねくんに繋がる。そう思ったところでまた雅臣からの着信がくる。  もうかけてこないで。心の中で願いながら目を閉じればまた涙が溢れた。 [結城 雅臣]の文字が表示される度に胸がざわつく。  脅迫されているかのように、体が硬直して彼を拒否する。この人から解放されたいという思いが強くなるほど、あまねくんに受け入れられたいという思いが比例するようにして大きくなる。
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