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彼が私の歩幅に合わせてくれるから、高いヒールでゆっくりと地面を踏む。
雅臣は、私が高いヒールを履くのを嫌うけれど、今日はご機嫌を伺うために会ったわけでもないため、洋服に合わせて好きな靴を選んだ。
どうせ別れるなら、もう服装だって拘らなくていいと思った。けれど、レストランを予約したと聞いたものだから、きっといいところなんだろうと思い、下手な格好もできなかった。
紺のタイトなワンピースに、紺と白のハイヒール。
ベージュのコートを羽織って、大人っぽく仕上げた。十分大人なのだけれど。
私が持っているハイヒールの中でも高い方のもの。それなのに、彼を見上げる身長差。
茉紀が高身長大好き! と言っていた意味がわからなかった。
背が高いと言われることがコンプレックスの私にとって、相手の身長も気にしないようにすることで自分の身長からも目を背けてきた。
けれど、今ならよくわかる。こんなにもごく自然に私のコンプレックスをカバーしてくれる。この人と並んで歩くことで私の身長に対する悩みはないも同然になる。
「この辺、暗いんだね」
私の考えなどよそに、彼は辺りを見渡しながら言う。
「うん……。1番近いお店があのスーパーだから、あそこから離れちゃうとこんなもんなの」
「そっか。危ないから夜はあまり外に出ない方がいいね」
「うん。でも、仕事もいくら遅くても20時までには帰ってくるし、夜勤も行っちゃえば朝まで帰ってこないからさ」
「うん。前から思ってたんだけどさ、まどかさん1階に住んでるじゃん? あれも危ないと思うんだよね。ベランダから入ろうと思えば入れるしさ」
「うーん……でも、夜勤明けで帰って来て階段昇るのしんどいし。下見の時、新築で間取りも気に入っちゃったんだもん」
「確かにリビングも広いしいいよね。窓も南向きだし」
「そうなの。洗濯物乾かないと困るからさ。それにね、カーテン開けてあそこで日向ぼっこするの。寒い今の時期は最高だよ」
「何それ、気持ち良さそう。じゃあ、明日は俺にも日向ぼっこさせて」
「いいよ。すぐ眠くなっちゃうからね」
フローリングの床で日向ぼっこしてるだなんて雅臣に言えば、汚いだのだらしがないだの言われることだろう。こんなふうに無邪気に肯定してくれると、言ってみてよかったと気が楽になる。
ヒューと強い風が吹いて、身震いする。温かい話をしていたのに、痛いほど冷たい風が突き刺さる。
「寒いね。まどかさん、足出てるから余計に寒いよね。もっとこっちおいで」
そう言って手を引かれると、彼との距離がもっと近くなる。ぴったりとくっつきそうな程近付いて、手だけでなく左側全体が暖かくなったような気がした。
ようやく家に着くが、家の中は温かくはない。エアコンを回しても、温まるのに時間がかかる。いつもこうなのだからタイマー入れておけばよかったと後悔する。
「ごめんね、寒いよね。今温かいの淹れるね。お茶かコーヒーか紅茶かどれがいい?」
「お茶がいい。まどかさんちのお茶美味しいよね」
「父親が知り合いのところで買ってるの。新茶が採れるとまとめて買うんだ。小さい頃から緑茶ばっかりだったから、やっぱり毎日飲みたくて」
「へぇ。まどかさんってオシャレなイメージなのに、そういうところちゃんとした静岡県民だよね」
「何それ。ちゃんとしたって何。やっぱり静岡がいいよ。雪も降らないし、田舎過ぎず、都会過ぎず。東京も名古屋も日帰りで行ける」
「それ、いいところ? 全然褒めてないじゃん」
あまねくんは、リビングのソファーに座りながらおかしそうに笑う。
私は、2人分のお茶を淹れながら「褒めてるよ。海風強くて色んなもの錆びるけどね」と言った。
「ね。チャリとかすぐ錆びるよね? タイヤのホイールもちょっと乗らないと錆びだらけ。台風の後なんて外出ると潮の匂いするしね」
「そうだねぇ。子供の頃はすぐ海水浴行けるからよかったけど、大人になったらもう海はいいかなって思うよ」
淹れたお茶を持って、テーブルの上に置く。あまねくんの隣に座って一緒にお茶を飲む。
「あったかーい。幸せ」
あまねくんがそう言ってほっこりした表情を見せる。この気の抜けたような顔が子供っぽくて、可愛くてしかたがない。
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