師走

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「もう、ほら。拗ねてないでコート貸して」  私は、立ち上がって彼からコートを受け取った。私もコートを脱ぎながらクローゼットへ向かい、ハンガーにコートをかけた。  ようやく暖まりかけた室内は肌寒いくらいの室温で、ワンピース1枚でも大丈夫そうだった。  リビングに戻ると、彼は目を見開いて私を見る。表情の変化にどうかしたのかと声をかける前に、彼が「まどかさん、その格好で彼氏と会ってきたの?」と聞いた。 「え? うん、そうだけど」 「彼氏と会う時、いつもそういう格好?」 「うん? うーん、パンツの方が多いかな。動くのに楽だし。でも、今日はレストランに行くって言ってたから、ワンピースにしたの」 「そっか……。次、別れ話しに彼氏と会う時は、スカートやめてくれる?」 「え? うん、別にいいけど……」 「……そんなに体のライン出る服着られると、俺も困る……」  ふいっと私から視線を外す彼。  タイトなワンピースは、スタイルよく見えるから自分的にはとても好きなのだけれど、彼はあまり好みではないようだ。 「そっか。あまねくん、あんまりこういう服好きじゃないんだね」 「……好きだけど……人前で着られるの嫌だし、今の俺にはキツイ」  好きなのにキツイ?  30代のオバサンがボディーラインの出る服を身につけるのは見るに耐えないということだろうか。  けれど、スカートだって膝丈だし、そんなに露出が激しいわけでもない。こういう服って20代が限界だったのかとショックを受ける。  若い子と付き合うなら、そういうことも勉強しなくちゃいけないんだと愕然とした。 「ご、ごめん……。若作りし過ぎたかな……。似合ってないよね」  急に恥ずかしくなり、笑って誤魔化そうとしていると「似合ってないわけないじゃん……。キスもおあずけなんでしょ? そんなエロい格好で近付かれたら、多分俺我慢できない」と言って彼はくるりと後ろを向いてしまった。  エロい……?  眼鏡姿の時にも言われたけれど、彼にもそういう性的な欲求があるのだろうか。  もしかしたら、彼は私に対して性的魅力を感じないのかもしれないなんて思ったこともあったけれど、彼の反応を見る限り、そこは心配しなくてよさそうだ。  ただ、茉紀に言われた「まどかじゃ勃たない」がずっとひっかかっている。  好きだと言ってくれて、キスをしてくれようとして、私に少しでも性的魅力を感じてくれているとしたら……。  それ以上考えるのも推測でしかない気がして、私は彼の足元まで行ってしゃがむと、「ねぇ……あまねくんって、私でも勃つの?」と聞いてみた。  お茶を飲もうとしていた彼は、私の質問に吹き出しそうに前のめりになっている。 「そんなこと聞く? 俺が今どれだけ我慢してるかまどかさんわかってる? 今すぐ押し倒すよ?」 「い、いや……それは困るんだけど」 「困るのかよ……。好きな人相手に勃たないわけないでしょ。ハイジさんの店からの帰りも、誘ってんじゃないかってくらい色っぽかったのにさ……。勃ったら、抑えるの手伝ってくれるの?」 「それは……今日は無理かな」 「明日は?」 「明日も……別れるまではって言ったじゃん」 「ぎゅってするのはよかったじゃん」  さっきは納得してくれたはずなのに、不服そうな顔でこちらを見る彼。  マグカップをテーブルに置いて、空いた手でソファーの肘掛けに手をかける。  ソファーから中腰で体を浮かせ、両膝をついて前屈みで私との距離を詰める。いけない雰囲気を感じて後退る私。 「ぎゅ、ぎゅってするのは……いいんだけど……」 「けど? やっぱり、まどかさん誘ってる?」  じりじりと距離を詰める彼から、尻餅をついた状態で足を立て、手のひらと足底を使って距離をとるが、「その態勢、下着見えそうだよ」と言われて視線をスカートに移した瞬間、あっという間に彼に覆い被さられてしまった。  後頭部を彼の手で包まれて、フローリングに打ち付けることは免れたけれど、上からのしかかる彼の体重を重力と共に感じる。  肘を曲げて私の顔の横に起き、先程キスを迫られた時と同じくらいの距離まで彼の顔が近付いた。
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