タイプじゃない

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「誰かさんみたいにあからさまな大きいダイヤの婚約指輪を職場につけてきて、彼は銀行員でぇ……とか言わないし。仕事ができないなら、1人として数えられないんだから給料泥棒みたいなことしないでとか言わないし」 「大塚さん……誰かさんって、1人しかいないから」  むうっと膨れて見せる彼女がとても可愛い。大塚さんが言う誰かさんは、私が新人で入った時にも散々嫌味を言われ、怒鳴られ、精神的苦痛を味わわされた。  それなのに、私がある程度仕事ができるようになると態度をころっと変えてよく話しかけてくるようになった。そんな彼女も今や育休中で現場にはいない。  大塚さんは、素直なところと可愛らしい容姿も相まって、他の職員からは可愛がられていた。その誰かさんは、そういった目立つ存在を極端に嫌うところがあった。入社してすぐに目をつけられてしまった大塚さんを庇うのも大変だった。  その点、千尋ちゃんなんかは世渡り上手だと思う。誰よりも先に彼女が曲者であると気付き、自ら進んで彼女に近付き気に入ってもらおうと取り繕った。  千尋ちゃんは、どちらかといえばサバサバしていて男勝りな印象だ。男性受けのいい女性を嫌う傾向にある彼女は、すぐに千尋ちゃんをお気に入りに認定したのだった。 「仕事できても、ああいう人は尊敬できません」 「うん。それは私も思うよ。私もあの人にはイジメられてきたから」 「え!? 一さんもですか!?」 「そうそう。新人は気に入らない人なの。反面教師かな? 私は、絶対こういう人にはなりたくないから、新人さんには優しくしてあげようって思ったもん」 「それで一さんは優しいんですね!」 「そればっかじゃないけどね。きつくあたったところで仕事ができるようになるわけじゃないしさ、それなら協力できる間柄の方が仕事も効率的だし、利用者さんも安全だしね」 「そうですよね、そうですよね! 私、本当に一さんが主任さんでよかったって思いますよ! でも、結婚したら仕事辞めちゃうんですか?」 「うーん、そこはまだ考え中。ゆくゆくは夜勤はやらずにパートで働きたいって思うけど、それならデイサービスとかでもいいかなって」 「確かにそうですね。デイサービスなら特養ほど残業もないだろうし。そしたら、ここのデイに行きます?」 「それも考え中」  福祉施設にはデイサービスのみを提供している施設もあるが、私達の勤めるすずらんでは、デイサービスと特養の長期入所、短期入所が受けられるサービスがある。  毎年、誰かしらはその部署を移動することが多かった。私はずっと長期入所担当なのだが、フロアは2階に2フロア、3階に2フロアの全部で4つあり、そのフロア内を12年間で転々としている。  私は、今のフロアは主任を任される2年前に配属され、以来ずっとここに勤めている。大塚さんも入社してからの3年間ずっとここにいるし、千尋ちゃんは、フロアは変わったが同じ階での移動だったため、移動していないようなものだった。  子供が産まれて夜勤ができないと言った職員が長期入所からデイサービスへ移動になることは珍しくなかった。
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