タイプじゃない

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 今日は寝坊してしまったが、時間通り出勤でき、いつも通り何事もなく仕事を終えた。私は、雅臣の返事を確認する。 〔仕事何時に終わる? 職場まで迎えに行こうか?〕  それを読んで、ふうっと息をつく。職場まで迎えにこようとしたことなんて今までなかっただろうが。そんなに私の顔色を伺ってどうしようというのか。  彼は彼で、私に別れを切り出されることを恐れているのだろうか。 〔車置いていかなきゃいけなくなるから大丈夫。今から家に帰るから、支度終わるまで待ってて〕  そもそも支度が終わったら連絡すると言ったのだから、おとなしく待っていればいいのだ。どうせ自分だってスーツを脱いでシャワーも浴びたいだろうに。  綺麗好きの彼が仕事終わりのスーツ姿のまま私と会うことは滅多になかった。色んな会社に出向き、色んな人達と会った後は、すぐにでも着ているものを脱ぎ捨てて、体を清潔にしたくなってしまうらしい。  あの潔癖さでは、私の仕事など無理だろうな。そう思うのだけれど、珍しくそんな汚染された状態の私を職場まで迎えにこようというのだから、彼の必死さだけは伝わってくる。  私はまっすぐ家に帰り、シャワーを浴びて支度をした。明日も日勤だから本当は寝間着にすっぴんでいいにしたい。しかし、泊まりの時以外はすっぴんを見せないという自己のルールでここまできたのだ。  こんなにしっかり化粧をしたところで数時間後には落とすのに。そう考えると、化粧をすることだって億劫で、今日は会うのをやめればよかったと後悔した。  支度が終わりそうなところで連絡を入れ、身なりを整えて彼を待った。彼からの連絡を確認し、車に乗り込んだ。いつもより早い19時半だった。 「お疲れ様。お腹減ってる?」 「少し……」 「じゃあ、ちょっと行きたいところあるから行ってもいい?」 「うん」  行き先は彼に任せた。食事に行くなら行くであらかじめ言ってくれればいいんだけどな。前回はそのまま家に直行して、自慢話を聞かされただけで解散だったのに、今日はやけにもてなしてくれるのね。 「それ、この前まきちゃんちに言った時に着てた服?」 「うん、そう。今度会うとき着てきてっていってたから」 「うんうん。綺麗めでいいね。似合ってる」 「ありがとう」  そんな褒め言葉、何年ぶりかに聞いた気がする。着ていく服のリクエストがあったために、何を着ていこうか迷わずにすんだのは気持ち的にも楽だった。  デートの服を選ぶのだって昔は楽しかったはずなのに、今ではそれすらも課題のようになってしまっている。  到着した先は、落ち着いた雰囲気のイタリアンだった。私がパスタを好きだと思い出したのか、これまたあからさまなご機嫌取りでなんだか笑えた。
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