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嘘
ゆっくり目を開けると、目の前にある端正な顔に驚く。
肌は透けるように白く、傷や出来物もないツルツルで粒子の細かい皮膚。バサバサと長い睫毛が下に真っ直ぐ伸びていて、ほんの少しだけ開いた唇は血色よく存在感を示している。
セットをしていない髪が額を覆っていて、無造作に散らばっている様は、初めて映画館で出会ったボサボサの髪を思い出させた。
規則正しい寝息を立てている彼の髪をそっと触ってみる。思っていたよりも柔らかくて私の指からこぼれ落ちた数本が、彼の頬にかかる。
全く起きる気配のない彼の隣で、私は体を起こす。私の頭の下には彼の右手が敷かれていて、肩までかけられていた掛け布団を捲れば、一気に寒さが舞い込んできた。
「さむ……」
身震いして、急いで布団をかける。なぜ自分がベッドの中にいるのか不思議だったが、あまねくんが隣にいるということは、彼が運んでくれたのだろう。
自分から引き留めておいて申し訳ないことをしたと反省する。
雅臣に連絡をした後、私は湯船に湯を張って体を暖めることにした。あまねくんと過ごした時間で十分体温が上昇した気になっていたけれど、手足の冷えまでは解消できなかったからだ。
初めてあまねくんが私の家に泊まるということで、部屋着とにらめっこする。
雅臣とのお泊まり用に用意した可愛らしいルームウェアーが揃う隣で、いつも1人で過ごす時に着るスウェットやジャージ。色気もへったくれもないけれど、雅臣のために買ったルームウェアーを着る気にはなれなかった。
私は、それらを取り出して、全て紙紐で縛った。雅臣とは別れるのだから、これはもう必要ない。
次の休みにはゴミとして出してしまおうと、クローゼットの扉の内側に置いた。さて、これで残すはスウェットとジャージになった。可愛くはないけれど、彼も欲情するのは困るようなのでこれくらいで丁度いいのかもしれないと思い、上下グレーのダサいスウェットに着替えた。
雅臣からはその後2回電話がかかってきて、続いて[わかった。お大事に]と簡単な一言が送られてきた。
素っ気ない男だと思いながら、それ以上は返さなかった。ソファーに座って撮り溜めたドラマを見始める。
あまねくんがいつ戻ってくるかわからないし、それまでじっと待っているのも退屈だったから。
暖房が効いてきて、お風呂で暖まったこともあり、体はぽかぽかとして心地よかった。
雅臣のことで散々考えて、泣きじゃくったことで、自分が思っている以上に疲れていたのか、徐々に睡魔が襲いかかってきた。
行かないでとあまねくんを引き留めたのは自分で、彼は私のために私との時間を優先させようとしてくれている。ここで寝てしまっては、彼の好意を無下にするようで忍びない。そう頭ではわかっているのだけれど、瞼が重すぎて体がいうことをきかない。
ほんの少しだけ……。そう思って目を閉じたはずだったのに、目を開けたらこの状況だったというわけだ。
彼はいつ戻ってきたのだろう。玄関の鍵を開けておいてよかった。
彼から連絡がくれば着信音で起きても不思議ではないはずだと思いながら、近くに置かれていたスマホを手に取れば、電源が落ちてしまっていた。
どうやら、雅臣に送った通り充電がなくなってしまっていたようだ。連絡の取れない私に、あまねくんも驚いたことだろう。
気をきかせてくれたのか、電源が切れたままの状態でベッドのコンセントに刺さった充電器に繋がっていた。
私は、もう1度彼の寝顔を眺めて「ごめんね」と呟いた。
本当に男の子だとは思えないほど綺麗な顔立ちをしている。そして、あどけない寝顔はとても可愛らしい。こんな貴重な顔を見られるのも今だけかもしれないと思い、彼が充電してくれたスマホでその寝顔を写真に収めた。
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