誕生日

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「明日予定あるか?」 20歳の誕生日を1週間後に控えた金曜日の夜の事。 電話口で、先生から、突然、明日の予定を聞かれた。 「明日?。特に何もないよ?」 就職の内定をもらって、勉強漬けの日々からようやく解放された私には、予定なんて何もない。 誕生日と就職祝いをしてくれると言ってくれた先生の言葉をふと、思い出す。 でも、明日はまだ早いよね?? 普通に会おうっていう事なのかな? そんな事を考えていると、先生の口から思いもよらない言葉が出た。 「おまえに紹介したい人がいるんだ。」 え!?紹介!? 「紹介??」 つい、聞き返してしまう。 「そう。まぁ、紹介しろって前からずっと言われてたんだけどな。」 紹介!? 誰だろう? そんな、改まって紹介だなんて、、、。 友達かな? 浅葱先生ならもうとっくに会っているけれど、他の友達とかなのかな? 「誰?友達?」 全く予想もつかず、先生に聞いてみるけど、 「明日会えばわかるよ」と、先生は話を濁した。 誰だろう?? 「そんな気負うような相手じゃないから。」 電話の向こうで、先生はそう言っている。 「明日昼前に迎えに行くから。」 そう言って、先生は電話を切った。 紹介って、、、。 その言葉の意味を意識しながら、色々考えを巡らせる。 誰だろう?? 私を紹介したい人がいるっていう事だよね? 誰なんだろう?? 結局わからないまま、悶々とした気持ちを抱えながら、次の日を迎えたんだ。 紹介だなんて言うから、着る服をいつもより、念入りに選ぶ。 気負わなくていいって先生は言ってたけれど、いつものラフな格好じゃ、なんとなく、まずい気がして。 ワンピースを手に取り、鏡の前で合わせる。 よし、これにしよう! 少し軽めにお化粧もして、髪の毛をアップにまとめた。 この前ちいちゃんと買い物に行った時に、一目惚れして買ったパールの髪飾りをつける。 厚手のジャケットを羽織り、ブーツを履き、玄関から出ようとした時、お母さんに声をかけられた。 「響、出かけるのかい?」 「、、うん。ちいちゃんとご飯を食べに行ってくる」 「そう。いってらっしゃい。気をつけてね。」 「、、、行ってきます。」 とっさにちぃちゃんの名前を出してしまったけれど、、、。 お母さんは、私に彼氏がいるという事に薄々気づいているんだ。 最近特にそう思う事が多くなった。 出かける時、お母さんの表情が、少し不安気に見えるからだ。 夏頃くらいからだったと思う。 会話の中で度々出てくるようになったお母さんの言葉。 「響、付き合っている人がいるなら、ちゃんと言いなさいよ。」 その言葉が出るたびに、話題を変えたりして、今まで、ごまかしてきたけれど、、、。 お母さんは、きっと、何かを気づき始めている気がする。 いつかは、ちゃんと言わなきゃなぁ、、とは思うけれど、、、。 簡単に言い出せる事でも無く。 どうしたらいいのかなぁ? 家を出て、そんな事を考えながら、少し歩く。 外は冬の風が吹いていて、寒空だ。 首回りが寒い。 季節はあっという間に変わっていく。 先生と付き合って3年を迎えるんだ。 早いなぁ、、、。 もう、マフラーの季節だなぁ。 少し歩くと、家の近くの路地に先生は車を停めて待っている。 この路地はいつからか、二人の待ち合わせの場所になっていた。 「ごめんね!!待った??」 急いで助手席に乗り込む。 「いや、今着いたところ。」 そう言いながら、タバコを吸っている先生。 シートベルトに手をかける私に、先生が低い声で、ボソッと呟く。 「内定おめでとう」 「ありがとう!」 「良かったな、決まって。」 そう言って、先生は優しい笑顔を私に向ける。 その顔を見ると、嬉しさがこみ上げてきた。 「うん!まさか受かると思ってなかったから、びっくりしたよ!」 「俺もおまえから電話来た時驚いた。試験受けた人数からして、もしかしたら厳しいかもって思ったけど。でも、受かって良かったな。俺も安心したよ。」 先生の瞳は優しくて、喜んでくれているのが伝わる。 そうか、先生、安心したんだ。 よかったぁ。 「うん!嬉しいよ!春から社会人になるんだね、私。北大に通うんだよね。まだ実感ないけど。」 春から北大の図書館勤務だ。 まだまだ社会人になるという実感が湧かないのが正直なところだけど、、、。 先生はアクセルを踏んで、ハンドルをきって、車を動かす。 「家から通うんだろ?」 運転しながら、タバコを灰皿に押し付け、先生が聞く。 北大は今の短大とは家から逆方向だけど、通える範囲内なんだ。 地下鉄も乗り継ぎ無しで通える距離で、短大よりも近くなる。 「一人暮らししたいって思ったけど、通えちゃうんだよね。」 少し残念そうに言うと、先生は笑っている。 「いーだろ。一人暮らしするより、実家のほうが楽なんだから。」 先生の言う通りなんだと思う。 一人暮らしは夢見るけれど、実際一人で生活できるかと言われれば、そんな自信もなく。 実家暮らしのほうが絶対楽なのはわかっている話だ。 「そーなんだけど。でも、少しは自立したいなとか思ったりもして。」 一人暮らしが自立したことになるのか、、、。 それも、よくわからないけれど。 このまま家から通うのも、なんだか変わりばえしない気がして、、、。 「自立なぁ。まー、その気持ちもわからないわけでも無いけどな。でも無理して一人暮らししてもいい事なんて何もねぇよ。」 まぁ、確かに、、、。 先生の言う通りだ。 図書館も臨時職員だし。 提示されているお給料じゃ、実際一人暮らしをしても、生活も厳しいだろうしなぁ。 「やっぱり家から通うよ。」 それしか無いよなぁ、、、。 まだまだ家からは出られそうもないなぁ。 ちゃんとこの先、自立した生活が送れるのかな、私、、、。 なんて、先の未来を考えてみるけれど、どうも、そんな気がしない。 まだまだ社会人になるっていうことを実感していないからだろうけど。 車を走らせながら、先生が話をする。 「俺が一人暮らし始めたのも、半ば無理やりだったからな。」 「え、そうなの??」 先生は、自ら進んで大学から一人暮らしを始めたんだとばかり思っていた。 だから先生の話は意外で、、、。 「高3の受験の時に、父親の方のじいちゃんが倒れたんだよ。で、親が面倒みることになって、引っ越すってなってさ。高校の近くに住んでたから、大学も家から通う気でいたけど、親父も母さんも引っ越すから、おまえは大学から一人暮らししろって急に言われてな。」 先生の両親は今は遠くに住んでいるのは知っていたけれど、そんな経緯があったなんて。 初めて聞く話だ。 確かに先生の高校は市内だし、大学も市内だ。 そうか。 先生は、一人暮らしをしたくて始めた訳じゃなかったんだ。 「今思い出せば、正直きつかったな。料理も洗濯もした事ない18そこらのガキが、いきなり一人暮らしだもんな。仕送りも少ないし、いっつも金無くて、バイトばっかしてたな。」 「そうなんだ、、、。」 先生が家族の話をするなんて珍しいな。 私も今まで先生の家族の話はあまり聞いたことが無かったし。 「両親はいま遠くにいるんだよね?」 「ああ。函館の近くの田舎町に住んでる。じーちゃん死んでから、親が店引き継いでるよ。」 と、先生は淡々と話すけれど、、、。 え!?函館!? そんな遠くにいるの?? 函館と言ったら、ここから6時間くらいかかる場所だ。 そんなに遠い所にいるなんて、、、。 知らなかった。 それに、お店を引き継いでるって、、、。 そんな話も初めて聞く。 「お店って??」 「言ってなかったか?小さな薬局やってるんだよ。」 薬局!? 初めて聞く話ばかりでびっくりしてしまう。 「じーちゃん薬剤師で、親父もそうだから、そのまま店継ぐってなってな。」 そう淡々と話す先生。 「薬剤師!?。お父さん薬剤師なの?」 先生のお父さんの仕事を知って、びっくりする私。 普通の会社員なのかなとか、勝手に思っていたけれど、、、違ったみたい。 「言ってなかったか?。まぁ、そーだな。親の話とか、そんなに詳しく話した事無かったもんな。でも、そんな驚く話か?」 そう言って先生は笑っているけれど、私には衝撃的な事ばかりで、、、。 そんな遠くに住んでるなんて、しかも、薬剤師だなんて。 何も知らなかった、、、。 こんなに、ずっと一緒にいたのに。 「場所も遠いから、だんだん帰るのも億劫になってきて、最近全然帰ってねぇな。電話はたまに来るけどな。帰るっていう感覚があんまり無いんだ。もともとこっちに住んでたし。」 そうなんだ、、、。 言われてみれば、確かに、、、。 先生は、お盆もお正月もあまり家に帰っている印象が無い。 「前に住んでいた家は?もう無いの?」 家族で住んでいた家は、今どうなってるんだろう? 「そのままあるんじゃねえかな。遠い親戚に貸してて、今も多分住んでると思うけど、最近近くに行ってないから、わかんねぇな。」 そうなんだ、、、。 こんなに長く付き合っているのに、先生の近くにいたのに、先生の家族の事、何も知らなかったんだ、私、、、。 少し後ろめたい気持ちになる。 もっと早く聞いていればよかったな。 「俺の親が今住んでるのは、何も無い狭い田舎町だから、ドラッグストアなんてもんも無いしな。まー、でも、年寄り多いから、そこそこ需要あるんじゃねぇの?。よく知らねえけど。」 そうぶっきらぼうに話をする先生。 だけど、先生が家族の事を話してくれるなんて、初めてで、なんだか嬉しい。 先生は今まで、家族の話をしなかったから、深く聞いちゃダメなのかな、、、とか思ってて、触れられなかった部分でもある。 こんなすんなり話ができるなら、もっと早くに聞いていればよかったな、、、。 今まで知らなかった事を知っていくと、先生に近づけているようで、嬉しく思える。 「お姉さんは?」 先生には、お姉さんがいる。 2つ上のお姉さん。 前に写真を見せてくれて、教えてくれたっけ。 実際会った事はないけれど、、、。 ちいちゃんが街中で先生と一緒に歩くお姉さんを見かけたのは高3の夏の話だ。 あの時は、会いたくても会えない、、そんなジレンマがあったっけ。 あの頃の私は、先生との恋にしがみつくのに必死だったんだ。 懐かしいなぁ、、、。 そんな昔の事を思い出していると、先生が困った表情をしながら、渋々と口を開いた。 「、、、それなんだけどよ。」 「ん?」 「それ。今日これからおまえが会う人。」 「ん?」 先生の言った言葉を理解できずに、聞き返す私。 ん?? 今何て言った?? これから会うって、、、言った!? え、、? 会う?? お姉さんに!?!? 「、、、えーーー!?!?お姉さん!?」 やっと今の状況がわかってきた私は、大きな声を上げてしまったんだ。 「そう。」 先生はあからさまに面倒くさそうな顔をしている。 「私、お姉さんと会うの!?これから!?」 「そう。」 そうって、、、。 え!?!? 「会わせろってずっと前から言われてたんだよ。で、今日こっち来るからって。突然な。まぁ、今までも会わせる機会はあったんだけどな。めんどくさくてよ。」 えー!!?? そんな急にお姉さんだなんて!! 「いいの!?!?」 思わず聞いてしまう。 「何が。」 先生は平然とした顔をしているけど、、、。 何がって!! 私の事を紹介していいの!?!? 漠然とした不安がよぎる。 「いいの!?、、、大丈夫かな??」 私、先生のお姉さんに会ってもいいのかな?? 不安気な私に、先生はふっと笑いながら言った。 「いいも何も、彼女なんだから、堂々としてればいいだろ。何も心配することねぇよ。逆に急で悪いな。ねぇちゃん、うるせぇし。めんどくせぇし。そっちのほーが心配。」 大丈夫だと言ってくれる先生。 だけど、私の心臓はバクバクしていた。 先生のお姉さんと初めて会うんだ。 緊張しないわけがない!! どんな人なんだろう?? 「近くに住んでるんだっけ?」 お姉さんの情報を先生から聞き出す。 これから会うとなれば、前情報が欲しい。 「千歳だから近いと言えば近いな。」 そうか、千歳に住んでいるんだ、、、。 千歳なら、ここから一時間半くらいの距離だから、先生の言う通り、近い場所ではある。 知らなかったな、私、、、。 両親の事も、お姉さんの事も、、。 何も知らなかったんだ、私。 もっと前に聞いておけばよかったよ、、、。 「何の仕事してるの?」 「空港の窓口で働いてる。彼氏も空港で旅行関係の仕事してて、千歳で一緒に暮らしてるんだよ。前なら、よく喧嘩したってうちに来てたけど、最近滅多に来なくなったな。うまくやってんだろ。詳しくは知らねえけど。」 そうなんだ、、、。 そういえば、前も彼氏と喧嘩したって先生の家に1週間くらい泊まっていたんだっけ。 お姉さんの事、全然知らなかった。 先生からも、お姉さんの話はあまり出てこなかったから、私からも話が出来なくて、、、。 でも、どうして急に紹介だなんて?? 先生に聞いてみると、めんどくさそうに先生が答えてくれた。 「彼氏が出張で、暇だから泊まりに来るって。めんどくせえから、こっちは彼女と会うから暇じゃないって言ったんだけどよ。そしたら、会わせろって始まってな。言い出したら、絶対引かないから、めんどくさくなってよ。」 「そうなんだ。」 「悪いけど、少しだけ付き合って。」 先生はそう言って、少し申し訳なさそうな顔をする。 「全然いいよ!!お姉さんに会えるなんて嬉しいよ!」 先生のお姉さんには前から会いたいと思っていたんだ。 お姉さんに会ったちいちゃんを、羨ましくも思ったくらいだ。 だから、お姉さんに会えることは本当に嬉しい。 ただ、突然過ぎてびっくりしただけで、、、。 お姉さんかぁ。 どんな人なんだろうな。 かわいいのかな、美人なのかな? 優しいのかな、怖いのかな?? 「昼飯でも食いに行こうっていう話になったから、今から向かうけど。とりあえず、適当に話合わせておけばいーから。」 そう言って、先生は少し小さなため息をついた。 先生、めんどくさそうだな。 そうだよね。 こんな年の離れた彼女を紹介するんだもん。 先生も、色々聞かれたりするだろうし、、、。 本当に私、会ってもいいのかな? 「お姉さん、何も知らないんだよね?」 私たちは、生徒と教師という立場で、恋愛が始まったんだ。 それをどう伝えるんだろう、、、。 どうやって話をするんだろう。 私はどんな顔をして会えばいいんだろう、、、。 不安げな私を見て、先生はふっと笑う。 「全部知ってるよ。」 「え!?」 全部知ってる!? 「おまえが高校生の時から付き合ってる事、姉ちゃん全部知ってるから。何も心配する事ねぇよ。堂々としてろ。」 と、先生は淡々と言う。 先生の言葉からは、後ろめたい気持ちなんて全くないようだ。 そうか、お姉さん、全部知ってるんだ、、、。 何も心配する事ないって、先生は言うけれど、、、。 大丈夫かなぁ?? 漠然とした不安を抱えたまま、ふぅっと小さなため息がこぼれた。
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