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──18:00。すっかり日が落ちて、どこからか、カラスの鳴き声が聞こえる。
新妻雅は、公園のベンチでずっと、桜の木を見つめていた。
『今来たところだよ』というシュミレーションを何度も繰り返し、ただじっと待っていた。
人の気配を感じて振り返る。嬉しそうな顔が、即座に曇った。
「なんだ、樹原くんか」
「なんだはないでしょう。何してるんですか? こんな所で」
投げてよこされた缶コーヒーを受け取って、雅は「いや。その……」ホットコーヒーでお手玉をしながら、言葉に詰まった。
「バードウォッチングだよ」
コーヒーをちびり、と口にする。
「鳥、いませんけど」
愛理はさりげなく、ベンチに座る。
「ずっと待ってるんですか?」
不意に問われ、雅はコーヒーを吹き出しそうになった。
「な、なんのこと?」
「スーツでバードウォッチングなんて、嘘ヘタすぎです」
「……」
返事はせず、雅はコーヒーの残りをあけた。しばらく、無言の時間が流れる。
「所長なら、相手が嘘ついてることも、分かったんじゃないですか?」
珍しく愛理から、話を振った。
その問いが正しいか分からない。ただ彼女なりの、精一杯の気遣いだったのかもしれない。
「どうかなぁ。ただ、言葉では嘘だったとしても、本心は違っていたのかもしれないじゃない」
自嘲気味に笑うのはいつものことだが、この時ばかりは本当に、寂しそうに見えた。
「未練ですか?」
「純情と言ってくれよ」
18:00時の鐘がなり、公園は安全管理のため、退園の案内が流れた。
雅は時計に目をやり、小さく笑った。
「……どうやら、フラれたみたいだ」
立ち上がり、ゴミ箱に小さな箱を投げ捨てた。
あれってもしかして……指輪?
「帰ろうか、樹原くん」
気丈に振り返る雅に、愛理は動かない。
「樹原君?」
「所長、明日もう1日、休みを下さい。所長も休みましょう!」
「ええ!? 何を言い出すのさ?」
「私と遊園地に行って下さい。食事してジェットコースータに乗って、最後は観覧者にのるんです」
「待ちなさい。ぼくと?」
雅は混乱するような困ったような、複雑な顔をした。
「いいんです。カップルでそのコースを回れば、最後に観覧車で、にーにー猫のぬいぐるみがもらえるんです!」
「わ、わかったよ」
珍しく感情的な愛理に、雅も思わずうなづく。
「じゃあ約束ですよ。明日9時、ここに集合です」
なんで公園で? しかもぼくと? 遊園地?
2人揃って公園の出口を抜けるまで、混乱しきりだった雅は、こんなことを聞いてしまった。
「まさか愛理くん、ぼくのことが好きなんじゃ……」
しかも、下の名前で呼んでしまった。
愛理は今までにない、射るような視線で雅を見据え、
「私、新妻雅さんのことは、好きじゃありませんからっ!」
と、宣言された。
その時、雅の首筋に、雪女がため息をついたような──
ひんやりを、確かに感じていた。
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