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ざらりと冷たいコンクリートの上で目が覚めた。
暗い空を見上げ、これは夢だと、目を閉じ──慌てて跳び起きた。
2度寝するところだった。
「ここは‥‥」
うん、分かっている。我が『新妻事務所』が入居するビルの屋上だ。
現状が把握できたので、新妻雅は身を起こした。
肌を撫でる5月の風は冷たい。野外で寝るには、時期尚早だ。
頭を振って、意識を覚醒させる──までもなく、思い出した。
酔っぱらって、ビルの屋上で寝てしまったのだ。屋上は立ち入り禁止だから、不法侵入ですね本当にすいません。
妖怪・ヤチーン・バイ・ニ・スルゾ(大家)に見つかる前に、撤退しよう。
非常階段から降りて、事務所のドアに手をかけた。
ん!?
(鍵が、かかってない──!?)
ドアノブに手をかけて、考える。
泥棒か? 事務所内で一番高いものは、パソコンだ。あれを盗まれると、その、なんだ、困る。
「そこにいるのは誰だ!」
意を決して、事務所に怒鳴り込む。
「私ですが」
広くない事務所の真ん中に、女性が立っていた。
「あれ? 樹原くん? まだ残っていたの?」
「おはようございます。所長」
いつも通りの、冷静でそっけない返事。
「おはよう……あれ? 今って夜じゃないの?」
「朝です」
スマホの時計を確認。確かに、18:00ではなく6:00だった。
「おはよう。うん、僕も今来たところなんだ」
「見ればわかります」
「そ、そうだよね」
「ところで所長、この時期に屋上で寝るのは危険です。自己管理して下さい」
「……ハイ」
彼女は樹原愛理、25歳。我が新妻探偵事務所の従業員で、事務員で、秘書である。
透き通るような白い肌、ボブカットを少し短くしたような黒髪が、小さく整った顔を覆ってる。
表情は硬いが、お客様が来たときは、愛想のいい事務員力を発揮する。
彼女が来た日を思い出す──
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