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樹原くんは、朝の日課のランニング時、事務所の電気がついたままだったから、早く来てくれたらしい。
「本当に申し訳ない」
平謝りする所長の図である。絵でお見せできなくて残念だ。
「大丈夫です。家から徒歩5分ですから」
淡々とした返事はいつものことで、別に怒っているわけではないらしい。
沈黙。気まずい。なんでこの娘はここに就職しようと思ったのか、未だに分からない。
沈黙に耐え兼ねて、テレビをつける。
探偵業というのは、依頼があってなんぼの仕事。待つのが仕事でもあるので、こうして日々の事件を知るのは、大切なことなのだ。うん。
テレビでは、詐欺の被害にあった女性がインタビューを受けていた。
現金をだまし取られたらしい。
「胸糞悪い事件ですね」
「こらっ、女の子が胸糞とかいうんじゃない」
しかし樹原くんが感情を出すのは珍しい。詐欺に恨みでもあるのかな。
「所長に依頼していたら、未然に防げたかもしれませんね」
「おいおい、あの話を本気で信じているのかい? 樹原君も子供っぽいところがあるんだね」
「嘘なんですか?」
「信じるも信じないも、君の自由だよ。でも、本当さ信じてくれ、なんて、言わないよ」
はは。と自嘲気味に笑ってみせた。
──それに気づいたのは、幼少期だった。
「昨日、オバケ見ちゃったんだよ!」
「ええーっ、すげえ! どんなんだった!?」
子供同士の会話。大人が嘘だと気づいても、子供は安易に信じてしまう。純粋なもんなのさ。
ぼくは友達の話を聞いた途端、首筋に、冷たいものを感じた。
怖いからぞくっとしたのではなく、物理的な冷たさというか。
季節は夏。クーラーの風が、なんて、子供は考えない。単純に、ひんやりする。と思った。
その時は気にとめなかたけど、時々、首筋がひんやりとすることがあった。
病気? 新妻少年は思った。けど違った。小学2年の時、原因に気づいたね。人の"嘘"が、冷たく感じるんだ。
自分には特別な力がある。そう思ったときは嬉しかった。
だけどそれを証明することは、できなかった。
嘘をつかれると、首もとがひんやりするんだ。って言ったところで、誰も信じないし、子供は嘘つき呼ばわりされることを嫌う。
「おれが嘘つきだって言いたいのか!」
「嘘つきはお前だろ!」
嘘だ本当だって喧嘩して、結局嘘つきは、ぼくになってしまったわけだ。
「どんな"冷たさ"なんですか?」
「そうだね、冷たさは、自分に向けられた"嘘"しか分からないけど、例えるなら、雪女が肩にもたれかかって、ため息をつく感じかな」
「会ったことあるんですか? 雪女」
「ないよ」
「……」
樹原君の冷ややかな視線が痛い。
冗談なんて言うんじゃなかった。
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