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その時、珍しく探偵事務所の扉が開いた。
こらっ珍しいとは何事だ!
「あの、新妻探偵事務所はこちらでよろしいですか?」
「はいっ、いらっしゃいませ」
樹原くんがにこやかな笑顔と、一オクターブ高い声で対応に当たった。
お客様だ。今の状況と生活費。2つの意味で助かった。
「どうぞこちらへ。所長の新妻です」
顔を引き締めお客様と向かい合う。気のせいか、笑ってる?
「こんにちわ。新妻くん。私、辻本よ、辻本明日香」
「明日香ちゃん!?」
「お知り合いですか?」
お茶を運んできた樹原くんが、ぼくと明日香ちゃんを交互に見た。
「高校の同級生なんだ。卒業以来だね。ああ、彼女はぼくの、助手で事務で秘書の樹原愛理くん」
「宜しくお願いします」
愛想のいい明日香ちゃんと対照的に、樹原くんは会釈だけして離れた。
「気を悪くしないで。あまり感情を出さない子なんだ」
「凄い美人さん。でも、『くん』って?」
「仕事のパートナーに、『ちゃん』もどうかと思ってね。『くん』なら、探偵っぼいだろう?」
「変わらないのね、新妻くん」
明日香ちゃんはクスクス笑った。変わらないのは君もだよ。
しばらく昔ばなしに花を咲かせ、彼女から正式な依頼の話が出た。
「前原学。この男を調査してほしいの」
写真と情報が差し出された。個人情報保護法がうるさい時代だが、探偵業法というものがある。
ここでその説明は省くが、犯罪に関与するものではないことを確認し、依頼を請けることにした。
期間は3週間。男の行動を監視すること。ターゲットには、ぼくから直接、接触しないこと。そして男が現在『幸せ』かどうかを報告してほしいとのことだった。
依頼料は前払い。色々と払いがあったので、助かった。
「じゃあここにハンコを」
「理由とか聞かないの?」
「個人的に気になるけど、これは仕事だから」
「変わらないわね新妻くん。学生時代、覚えてる? あなたが解決した事件」
「あれはたまたまだよ、ぼくは探偵じゃない」
「今は探偵でしょ?」
「ああ、そうか」
気持ちはすっかり学生時代。今の仕事を忘れてた。
「頼りにしてますよ、名探偵さん」
「任せなさいっ」
ぼくと明日香ちゃんが、あははと笑った。
「……迷探偵」
樹原くんが何か言ったけど、聞こえないな。
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