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それから1週間調査したが、彼の生活は、変化なし。調査報告書も変わりない。今日も変化なし、と記入途中で電話が鳴った。
明日香ちゃんからだった。
近所のファミレス、ジョナルで明日香ちゃんと待ち合わせをした。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いや、今来たところだよ」
まるでデートだ。不謹慎だけど心が躍る。だめだめ、今は仕事中。
「夜のファミレスなんて、初めてかも」
無邪気に笑う明日香ちゃん。昔の面影はそのまま、大人になった感じだ。
「早速だけど、ここまでの調査結果を……」
ファイルを出そうとした手を、制された。
「ううん、電話で聞いた通りでしょ? 十分よ」
依頼主がそういうのなら。
2人で、軽く食事となった。
「ところで新妻くん、結婚は?」
「恋人もいないよ」
自嘲気味に笑い、手元のコーヒースプーンを、くるくる回した。
「あの美人の事務さんは?」
「樹原くん!? 冗談だろ? 年齢は一回り以上離れているんだよ」
「愛に年齢とか時間は関係ないと思うけど」
いたずらっぽい笑顔に、ぼくはどうにも、落ち着かない。
「明日香ちゃんは?」
「明日香ちゃん?」
「あ、いや……」
下の名前は、僕が心の中で勝手に呼んで、現実では「辻本さん」だった。
「いいわよ明日香で。樹原さんは『くん』なのに、私は『ちゃん』なのね?」
その笑顔の向こうに、学生時代の明日香ちゃんを見た。初恋の人と、こうしてファミレスでデート、もとい、お話できるなんて。神様ありがとう。
昔話に花が咲く。学生時代、担任の先生、お互いがあの頃、好きだったもの。あっという間に、時間が過ぎていく。
「もうこんな時間、そろそろ帰らなきゃ」
席を立つ明日香ちゃんに、ぼくは呼び止めるように、声をかけた。
「明日香ちゃん」
ん? と高校生のように、振り返る。
「……ごめん、なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込んで、ぼくたちはそこで別れた。
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