美しい死体

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 あなたの妹たちが、あなたの横に花束を並べながら、姉さん、きれいよ、すごくきれいよと泣いている。  その通りだ、と私は思う。棺の中、眠るように死んでいるあなたは、今までに見たどんなあなたよりもきれいで神々しい。  最後の日、病との長い闘いに疲れ果て、すっかり衰えてしまったあなたとの弱々しい握手を、私はまだ覚えている。言葉はなく、ただか細い呼吸をするばかりだったあなたは、頬も手も、黄色く乾いていて、みじめだった。  しかし今日、白い箱に横たわるあなたは、この世の誰よりも美しい。肌を白く塗り、土色の唇を赤く染めると、最後の日からまるで十歳も二十歳も若返ったように見える。  それだけではない。  滅びゆく硬直した肉体は、今、最後にして最大の輝きと生命力を発揮しているのだ。神気とはこういうものを言うのかもしれない。  神主の祝詞の時々に、神とあなたの名前が繰り返される。  目を閉じたあなたはちょっと澄ましたように口をつぐみ、一生懸命死んだふりをしている。もしかしてあと十秒もしたら、息が続かなくなって起き上がるんじゃないかと思ったけれど、三十分が経っても、あなたはまだ眠っている。 順番が来て、目を真っ赤にした母が、そっと私の背中を押す。  きれいね、とつぶやいた母は、自分を産み落としてくれたひとを失って、ひどく弱っている。神様になりかけたあなたを、縋るように見つめている。  玉串の枝を片手に、私は頷いた。  あなたを覗き込んだ人々は、その瞬間、誰もがふっと息を止める。  あなたは自分を誇っていい。  こんなにも美しく、神々しく死んだ自分を。  棺が移動させられようとする時、不意に私の視界が揺れた。次から次へと溢れる涙があなたを見えなくする。美しいあなたを。今にも燃やされ、骨となって、その光を失おうとするあなたを、見えなくする。涙はますます激しくなった。私は棺を覗き込んだ。  おばあちゃん、おばあちゃあん……。  ぐだぐだになった声で、それでも必死にあなたを呼ぶ。  おばあ、ちゃあんっ……。  美しい神様が入った棺が、ゆっくり慎重に火葬場の奥に運び込まれた。金属製の巨大な扉を隔てて、遠いような、耳の奥から湧き上がるような、ごおおお……という音が静まり返った廊下に響く。火の姿どころか煙さえ見えやしなかったのに、やがて開かれた扉の奥には、まだ熱気が残っていた。  灰の中の、あなただったものの残りかすを、母と、母の兄弟と、あなたの夫と妹たちが、手分けして壺に入れる。拾うといい、と差し出された箸を受け取って、私も手伝った。  だけど、私は、それをあなたとは思わなかった。  だってあなたはもっと美しいから。  あなたの残りかすは、美しいあなたの残りかすではないから。  夜、きれいな月が、まるであなたのような光だったから、目を閉じて、厳かに、あなたを呼ぶ。  おばあちゃん。  これからあなたを思うとき、私はいつも、今日のあなたを思い浮かべる。どんな時より美しかったあなたを。そしてまた、人の美しさについて考えるときも、今日のあなたを思うだろう。神々しいまま消えてしまった、あなた。  そうしてどんどん美しくなるあなたの血が、母を通して、私の体にも流れている。幻のように燃えてしまった美しいあなたは、今も、私の中で眠っている。
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