第10章:異世界の教育水準、現実よりも低くなりがち

23/23
132人が本棚に入れています
本棚に追加
/214ページ
(でも)  あの時助けたことに後悔は一つもない。  同じことが何度繰り返されたとしても、きっと私はその度に同じことをしていただろう。  ……けれど、それで千咲が自分自身を責めたりしてしまっていたら嫌だな。  本人と意思疎通する機会が二度とない以上、彼女がそうなっていないことを祈るしか出来ない。  あーあ、なんて自分勝手な友達だろう。  ……ごめんね、千咲。 「ほんと、それだけの話だから。気使わせちゃってごめん、迷惑だったよね」 「いや……本当に、もう大丈夫なのか」 「うん。あ、でもこのハンカチはもうちょっと貸してほしいな」  今の顔は、ちょっと誰にも見せらんないや。 「いくらでも使えばいい。今日はもう疲れたろ。さっさと家に帰るぞ」  立ち上がって歩き出すシオン。さっさと歩き始めてしまったのでそれに慌てて続くと、数歩歩いた先で彼の足が止まった。 「その……なんだ。向こうの人達の、代わりにはなれねぇけど」  振り向かれることなく、いつもよりもずっと小さく呟かれた筈のその言葉。追いかけようと動きかけていた、自分の足もピタリと止まる。 「父さんとか、それに、俺……とかは、居るから。えっと、なんつーかだな」  それは、不思議と自分の耳にハッキリと響き渡った。 「……あんま、無理はすんなよ」  そこまでを言い切ると、シオンはまた歩き出す。  今度は、歩くスピードが少し早くなっていた。  遠ざかっていく背中を無言で眺めているうちに、じわりじわりと少しづつ、その暖かさが胸に染み込んでいく。  あぁもう、またちょっと目の奥がツンとしてきたじゃないか。 「シオン」 「なんだよ」  この前もそうだったけれど。  ほんっとうに、この男は。 「ありがと」  ──少しだけぶっきらぼうだけど、すごく優しい。 「……おう」  「大丈夫」と何回も深呼吸をしながら自分に言い聞せて、再び昂る気持ちを落ち着かせる。  浮かび上がりかけた粒を濡れハンカチでこっそり拭って、先を行く背中を今度こそ追いかけた。  いつもの自分に、元通りだ。 「ねぇねぇ。あのさ、やっぱ帰る前にどっかでなんか食べない? なんかお腹すいちゃった」 「別にいいけど、なんか食いたいのあんのか」 「まずはラングクレープでしょう。あ、あとお肉食べたい! オークの串焼き!」 「またかよ。お前ホントあれ好きだな。いつも食ってないか?」  他愛ない話にほっとしながら、二人歩いていく。  ……そんな私達の様子を、驚いたように教室の窓から眺める赤髪の男子生徒が居た。 「アイツはまさか……シオン・イグニス?」  そう彼がぽつりと呟いたことに、気づく者はいなかった。
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!