序章『パンは投げられた』

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「…はぁ。」 戦いには困らないので、この世界は割と気に入ってはいるのだが…娯楽は全くと言って良い程無いのが難点だな…。 (厳密に言えば、ワルキューレ向けの地球産コンテンツはあったりする。今いるのはPXRON地区…通称“地球街”と呼ばれる商店街みたいなところだしな。) …まぁそもそも、長居するつもりも無いのだが。 記憶を取り戻してさっさと前世に帰る。…未練なんてもう沢山だからな…。 「…はー…。」 …従って、今日も特に目的も無く街をブラつくと言うことになる。 「…ぁむ。むぐ、もふ…。」 ただ歩くのも暇なので、食事を摂りながら歩く。 「おい聞いたか?ADASNA地区が魔物に襲われたって…」 「ホントかよ。…はっ、ワルキューレ様もアテにならねぇな…」 …フン。 ──聞こえて来る会話は全て日本語だ。中には角が生えていたり、馬みたいな人種(馬面男)もいるが全員が同じ言語を話している…ように聞こえる。 少なくとも、僕が知らない言語は大概固有名詞ぐらいしか出て来ない。 …そもそも、ワルキューレと言うのは北欧神話に登場する単語だが。 ここは北欧でも、ましてや地球でも無い。更に言えば銀河系の何処かの惑星と言う訳でも無い。完全な異世界…まぁ、ヴァルハラとでもしておこう。 …つまり、僕のこの機械の体が現実を錯覚させている訳だ。目や耳に入った言葉は[地球の言語]として翻訳されて脳に伝わる。 視覚だけじゃない。僕らは味覚や触覚、あらゆる感覚を誤魔化して日々を過ごしている。 この世界での僕は得体の知れない言語を喋り、意味不明なジェスチャーをしているのだろうが、僕がそれを認識することは無い。 …つまり、ここは地球の常識が通用しない全くの異世界と言う話だな。 『…。』 毎日のようにこうして歩いているからだろう。屋台の女がこちらにパンを見せ、僕は無言で首を振る。 女は『そんなものを好むかね…』と言うような顔でげんなりする。 因みに、僕が食べているのは先程の魔物の死骸──ブロックを加工して作られた合成食料だ。 普段は巾着袋のような容器に入れて腰に提げている。 この容器は地球のゴム…ラバーとか言われるのと似た材質で出来ており、中にはゼリー状の合成食を入れてペットボトルのようにキャップを付けてある。 この容器はクーラーにもなっており、キャップは冷蔵と冷凍を切り替えるスイッチも兼ねている。 味は別に美味くも無いが、凍らせれば棒アイスのようにガリガリと齧って直ぐに食べられる。ゼリー状にすれば戦闘にも多少耐えられるから、これさえあれば仮令遭難しても先ず死ぬ心配は無くなる。…ま、お守りみたいなもんだな。 少女「コレ…。」 パン屋の女「ふーん?」 「ナニ…?」 「いや別に?」 …不穏な気配を感じて振り向くと、さっきの屋台に客が来ているようだった。…あれは獣人だか亜人だか言う人種だな。 ここには色んな種族がいる。 常人、亜人、新人…そして僕達超人(異人)──ワルキューレだ。 ──それから“怪人”って奴らもいるな。 常人と新人は地球人に近い姿をしている。でも常人は地球人よりは獣っぽいように思う。亜人はそれをもっと濃くした感じ。 新人はまぁ…僕の元いた世界で言う、魔法使いみたいなものかな。元々この世界には魔法が無かったらしいからな。 人間に出来ないことはロボット(僕達)にも真似出来ないって訳だ。 “新人”と言う名前なのに先輩なのだ。 …そう言う訳であんまり遭遇したくないのが新人と言う連中だ。 怪人はまぁ…どちらかと言えば魔物に近い奴らってところかな。
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