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最悪の休日
日曜日、気味の悪い電話のせいで大して寝付けずにいた俺を叩き起こしたのは、ずっとしつこく鳴り続けていた着信音だった。開いたスマホには、『パスト』という名前が表示されている。
……ちゃんと出ろ、だとか抜かしてたよな、こいつ。
「……んだよ」
『やァ、オハヨう! 哲也くんハ、朝が苦手ナお寝坊さンなんダね! もうオ日様は高いヨ!? ははハははッ!』
「てめぇは朝からくそうるせぇな、サイコ野郎」
『んンッ? モシかしテ、哲也クんはゴ機嫌斜めなノかい? ナら、気分ヲ変えルために顔を洗ウといイヨ! すッキりすルカらネ!』
耳から飛び込んできたのは、やはり変声器を使っている、不快な声音だった。俺が苛立っているのもわかっていながら、むしろその反応を楽しむかのような話しぶりが本当に腹立たしくなりながらも、一時的にでもこいつと会話しなくていいチャンスだと思って顔を洗うことにした。もちろん、通話は繋がったまま。
『うーン! すっキりしたネ! バシゃばしャって音がボクにモちゃント聞こえたヨ!』
「ほんとキモいな、お前」
『ははハッ、そンな言葉クラいじャ、別に電話切リタくなったリハしなイよ?』
「ちっ……そうかよ」
陽気と言えば陽気にも聞こえるが、気が狂ったような調子の声をずっと聞かされ続けるのかと思うと、こっちがおかしくなりそうだ……。
いっそ、こいつが聞くに堪えない、って思って通話を切りたくなるようにしちまおうか……。少なくとも昨日とか今のやり取りとかで、このパストとやらは俺がしたいっていうことを邪魔したりはするつもりはなさそうだし……ていうか通話を繋げっぱなしにされてる時点で最大級に邪魔だからそれ以上されるわけにはいかないんだけどさ。
「なぁ、おい」
『ンん? どウシたんだイ?』
「お前さ、また昨日みたいな長時間電話するってんなら俺その間にたぶんいろいろすると思うけど、別にいいよな?」
『うン、ボクとオ話してくレルなら、イいよ!』
「あっそ」
いいって言ったのはそっちだからな? 俺は自分の頬が性格悪く歪むのを、はっきり自覚した。
しかし結果は惨敗、ただこっちが恥を晒しただけだった。大音量でテレビを見て大笑いしているのを聞かせても、あえてドタバタと音を立てながら日曜大工をしていても、果ては押し入れにしまい込んでいた昔のAVを引っ張り出して見るとかまでしても、やつはずっとマイペースに話をしていた。
ビデオに関しては『あァ、こノ女優さンの声の出シ方は明ラかに演技だねェ』なんて生意気な批評家じみたことを言ってのけて、しかも俺もこのときばかりは素直に「え、そうなのか?」なんて返して笑われたりもした。
そして時刻は午後8時。パストに音を上げさせようとしていたせいで、随分長々と通話状態にしてしまっていた。
『ふフフっ』
「っ……、ほんとにうっせぇな、お前。なんだよ」
『楽シい人ダね、哲也くンハ。いロンな哲也クんを知れタような気ガして、今日は面白かッタよ、ははハッ!』
最後に『まタネ』と言い残して、パストは通話を切った。後に残されたのは、最悪な気分でぼんやりとAVを見ている俺ひとり。
あぁ、胸くそ悪い!
なんとなく腐った気分を紛らわせようと、俺はズボンを下ろした。
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