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火曜日の誘い
朝、いつもよりゆっくりめに起きて出社した。もちろん深酒したあとだから、臭い取りだって忘れない。酒とか肉とか、あと汗の臭いを残すわけにはいかないもんな。
癖ってのは嫌なもので、本当ならもう少しゆっくり寝ていてもよかったんだろうが、やはり目覚ましをかけているのに近いくらいの時間に目が覚めてしまう。
外に出て歩いてみると、駅から降りて歩いてくる人の波に突き当たる。うまくそこに合流して、会社まで歩いていく。あくびを噛み殺しながら、やっぱり無理はできないもんだな、なんてしみじみ思いながらぼんやり歩いていると、「あれ、佐々木くん?」と声が聞こえた。
「え、あ、橘さん!?」
「おーはーよっ、佐々木くん! あれ、なんか珍しくない、こんな時間にここにいるなんて?」
「い、いや……ちょっと早く目が覚めちゃって?」
「ん~? 隠しててもわかるよ、わたしには? もしかして、お酒飲んで徹夜してたんじゃないの?」
会って早々、いたずらっぽく笑いかけてくる橘さんに、俺はあっさり降参してしまう。「え、バレました?」と訊くと、「ワイシャツとかヨレヨレだし、佐々木くんっぽくないなぁ~ってね♪」と返されてしまう。
しばらくの間そうして話したあと、「ふふふっ」と楽しそうに笑って、橘さんは俺を振り返る。
「まっ、わたしもお酒好きだから気持ちはわかるけどさ! 程々にしときなね~」
終始明るい口調で軽めの注意をしてから、橘さんは自分のデスクに向かっていく。あぁ、朝から元気もらえた気がするなぁ! 俺も自分のデスクについて、PCを立ち上げて準備を始める。
すると、後ろから「あ、」という声が聞こえた。
見ると大崎が珍しいものを見るような顔で俺を見て、目が合ったかと思うと、申し訳程度みたいなボソボソとした「おはよう」という挨拶を送ってきた。
……、しばらくしてから田口が「あれ、テツ早いじゃん!」と言いながら入ってきて、俺の隣のデスクにドッカリ座り込んだ。それで「あれ、昨日飲んだ?」と尋ねてきた。
「え、そんなに臭うか?」
「なんとなく酒臭いな、って! テツも好きだなぁ~、昨日なんて1週間始まったばっかだぜ?」
面白がるように笑ってから、田口も準備作業を始めた。それで、そのままみんな各々仕事に入る。そうやって、数時間は平穏なままでいられたんだ。
そうして訪れた昼休憩の時間。
昼食を食べに近くの定食屋に行こうとしていた俺は、背後から「あっ、佐々木くん!」という声に呼び止められた。振り返ると、そこには橘さんの姿が。わざわざ呼び止めてくるって、あれ、俺なにかやったっけか?
「あのさ、最近前みたいに飲んでなくないかな、って思ってさ~……、あの、よかったらなんだけど、今夜飲まない? なんか朝そんな話してたら行きたくなっちゃった」
なんか、少しだけ照れ臭そうな口調で、飲みのお誘いをもらうことになった。え、マジで?
もちろん、有頂天になった俺が二つ返事で承諾したのは言うまでもない。もちろんパストのことが過らないでもなかったが、結局は電話越しでああだこうだ言うことしかできないようなやつのことよりも、目の前のチャンスを優先するしかなかった。
心配になったら、そのまま部屋まで送るとかしたっていいわけだしな……いや、それはさすがに早いか?
こうして、なんだか苛立つことの多かったここ数日で1番いい気分で、昼を過ごせた。
そして、期待に胸を膨らませながら午後の業務も終わらせたとき、電話が鳴った。
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