球体関節人形

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 小さな悲鳴みたいな音がして、右目の下から涙を流したような亀裂が入る。彼女の無残な姿を見た女子生徒は泣き崩れ、友人たちは口々に慰めた。「気にしなくていいわよ。所詮彼女は人形なのだから」と。  僕は横でそれを見て、まるで自分も同じ傷を負ったような痛みを覚えた。しかし彼女は気丈にも、いつもと変わらぬ微笑みを湛えたままだった。    *  彼女が傷を負ってから、僕は幾度も胸騒ぎを覚えた。  それは誰かが彼女に対し、以前とは違う感情を持っていることがわかったからだ。もう完璧ではなくなった彼女に対し、悲しみや絶望のほか、ほんの僅かに怒りや憎しみを抱いている勝手な人間がどこかにいる。  そして僕の嫌な予感は、やがて現実のこととなった。  それはすっかり夜が更けて、警備員さえ居眠りを始める頃。俄に美術室のドアが開かれると、眼鏡を掛けた生徒らしい男が、ペンライトを片手にひっそりとなかへ入って来た。  僕はひと目で、彼が美術部の部長であることを思い出した。彼は彼女の前に立ち、ヴェールを破って頬に触れ、彼女の唇に口づけると、次の瞬間、彼女を床へと叩きのめした。  美術室にはすさまじい音が響き渡り、僕は咄嗟に彼女を助けることもできず、声を上げることもできなかった。何より次に、僕にも恐ろしいほどの衝撃が与えられたのだ。  そのとき初めて、常に誰よりも彼女の近くにいた僕に、彼が激しく嫉妬していたことを悟った。  冷たい床に転がった翡翠の眼から、粉々に砕けた彼女の体と、同じように砕け散った僕の体が混じり合い、境目もなく横たわっているのが見えた。  彼が足早に立ち去ると、暗闇と静寂だけが残された。僕は薄れる意識のなかで、朝になったら彼女と共に、ただの廃棄物として葬られるということに、不思議な幸福を感じていた。
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