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玄関まで来ると、壁に体を張り付かせ、そっと顔だけ覗かせる。どうか誰もいませんように、と祈りながら。
「……、はっ!」
思いも虚しく、引き戸の向こうには黒い人影があった。敏司は思わず体を引っ込める。誰かと話をしているのか、声が漏れ聞こえてきた。
「本当に……、いえ、そんなことは……」
それは男の声だった。年寄り特有のしゃがれ声で、誰かに謝っている。
「面目もございません」
もう一度覗き込めば、確かに背の曲がった老人に見えなくはない。しかしシルエットにどこか違和感を感じた。何かを抱えているのかもしれない。
「はい……、はい……」
誰かに言い訳をしているような、そんな雰囲気があった。
「仕方がないことなのです」
意を決したように、老人が言う。かと思えば、引き戸に手をかけるのが見えた。
ガチャガチャ、ドンドン。
「あれ……、おかしいな」
敏司の祖父は夜中ですら鍵をかけない人間だったが、今は寝たきりだ。都会育ちの母親はそんな不用心なことはしない。きっとこの老人はそれを知らなかったのだろう。あてが外れて、焦ったように引戸を鳴らす。
その間に、敏司は急いで両親のいる部屋へと向かった。襖を開けると、ベットに寝てる母親の肩を揺り起こす。
「お母さん! 誰かが中に入ろうとしてる!」
「んん……」
寝ぼけながらも、母親は上半身を起こす。確かに尋常ではない音に気が付き、隣の父親を起こした。
「ねえ、あなた」
「ん? 何だこんな夜中に」
「泥棒かしら?」
二人は敏司に寝室に残るように言いつけ、玄関へと向かった。
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