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「私が行ければいいのですが……」
どうしても言葉尻がしぼんでしまう。そうできないわけがあるのだ。
着替えの次は化粧だ。化粧箱を持ってくると、その蓋を開ける。桃の木櫛を手に取ると、みちびき様の髪を櫛削った。
「毎度のことながら、そんなに我の髪を触るのが楽しいか?」
「はい」
そう答えると、後ろ髪を一房すくい上げ、丁寧に櫛の歯を入れる。みちびき様はもちろん汗をかかないから、髪が絡まることもない。女の子がよくやるように、髪を結ったりもしない。艶々としたその髪は、毛先までなんの抵抗もせずにスルスルと通していく。
「ちょっと紅が落ちてきてますね。さし直しますか?」
鏡でみちびき様の顔を映し、指示を仰ぐ。
「そうだな」
「わかりました」
紅入れの蓋を開け、小筆で少量を取る。それをみちびき様の口元へ向けた。
「ふっ……」
「動かないでください」
「すまない」
プルプルと震えるその筆先と、真剣な眼差しの敏司。それがなんだかおかしくて、つい笑ってしまったのだ。
「お主も慣れぬな」
「こればかりはどうにも緊張します」
他の部分を点検し、敏司は化粧箱を片づけた。
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