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導きの儀
黄昏時。それは日の沈む直前、夕暮れというにはもう遅く、夜というには不完全な時間。そして、魑魅魍魎がこちらに来ようと準備を始める時間。
最近、めっきり肌寒くなった。もうそろそろ冬服でも出しておこうか。そんなことを考えながら、敏司は雑巾を縫っていた。
表座敷の隅に陣取り、食事が運ばれてくるまでの暇を潰す。少し視線を上げると、可愛らしい女の子の人形がお行儀良く座っているのが見えた。敏司の腰までもある身の丈。赤地に鞠柄の着物を着ている。しかしその顔立ちは、日本人形のそれではなかった。
程よく日に焼けたような肌の色。ふっくらとした頬。ぱっちりと潤んだ瞳。腰まで伸びた長い黒髪。まるで生きているかのように錯覚するほどの存在感があった。
ふとした拍子に我に返ると、あたりが暗くなっていることに気付いた。もう手元も見えづらい。灯りを付けようかと立ち上がった瞬間、あるものが窓から入ってくるのが見えた。
それは、濃い藤色の羽をもった蝶だった。
「よっこらせ」
十五歳という年齢には似つかわしくない声を上げ、敏司は座布団から腰を上げる。窓辺をヒラヒラと舞っている蝶に手を伸ばし、その指先を差し出した。蝶が人差し指にとまると、敏司の頭の中にある光景が浮かんでくる。
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