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階段を降り、2階の廊下の端に来た。
大沢は新しい名札を部屋の前に差した。42116番、江波京子が加わった。
「今度は、仲良くやれ」
ドアを開け、江波の背を押して、部屋に入れた。
江波は目を疑った。自分以外は皆、男だ。
振り向こうとしたら、ドアが閉まった。
「今度は若い人だね。自己紹介くらい、できるね」
9番のベッドから、嵐が声をかけた。
老人の言に、江波は頷いた。
「え・・・江波京子、28歳。東京の品川、駅の近く・・・今は南品川とか言うようになったけど、新馬場の川岸で育って・・・」
「28とは・・・本当に若いね。何でまた、死刑なんかに?」
問いには答えず、むむっ、江波は口を閉じた。
目を伏せたまま6番のベッドへ行く。狼の群れに迷い込んだ子羊の気分だ。
高蔵と山下も目をこらす。胸のふくらみと腰の張りから女と知り、どう反応して良いか迷うばかり。
坂口は元ホスト、女がとなりのベッドに来ても動揺しない。昔のクセで、つい商売を考える自分がおかしかった。
「30前とは、よっぽどだなあ。女と見くびっちゃ、いくつ命があっても足りなそうだ」
肩をすぼめて、首を小刻みに振った。
「そんな・・・たいした事してない。子供がうるさくて、寝られなくて・・・3日ほど出かけて、帰って来たら・・・死んでた。警察が大勢で来て、押し入れを探されて、前の子供を入れといた袋を見つけられて・・・」
「育児放棄か、2人も!」
坂口は江波に背を向けた。
「男なんて・・・最初の妊娠は17の時だった。5人か6人がかりで、何度も何度も、次の日の朝まで。痛くて、苦しくて、ベタベタで気持ち悪くて。後で、妊娠に気付いたけど、誰にも言えないままお腹が大きくなって・・・苦しくなって公園のトイレに入ったら、便器に赤い動く物が落ちた・・・」
「かんべんしてくれ」
山下は両手で顔をおおった。彼には身に覚えのある事だ。
嵐は首を振る。
「3人も・・・もったいない、実に。せっかく妊みやすい体でありながら、子育ての気力も技能も、支援する者すら無いとは」
「ふんっ、男なんて」
江波はベッドに大の字となった。
坂口は上向きに寝返りをうつ。ホストの務めとして、女の不機嫌を直すのは第一のスキルだ。
「17歳と言えば、オーストリアの女王マリアテレジアが結婚した歳だな。それから20年間で、16人の子供を産んだ。夫が死んで、記録は途切れた。再婚はしなかったので、17人目はできなかった。15人目の子が、かの有名なマリーアントワネットだ」
「マリア・・・16人! 子を産む機械でもあるまいに」
「女王だけに、何人産んでも、育てられる環境が十分にあったんだな」
江波は口を尖らせた。品川の下町で育った身、どこぞの女王様と比べられても困るだけだ。
「日本で有名なのは、前田利家の妻、お松様だな。12歳で結婚して、すぐに第1子を出産した。第2子は18の時で、合わせて11人の子を産んだ」
「12とか18とか、淫行条例違反でしょ!」
「昔はね、初潮が来たら結婚、それが普通だったのさ」
江波は坂口に背を向けた。あまり不機嫌は治らなかったようだ。
嵐は笑みで2人を見ていた。ケンカ調ながら、話は通じている。
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